アスコリ・ピチェーノ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/25 09:00 UTC 版)
アスコリ・ピチェーノ Ascoli Piceno |
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行政 | |||||
国 | ![]() |
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州 | ![]() |
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県/大都市 | アスコリ・ピチェーノ | ||||
CAP(郵便番号) | 63100 | ||||
市外局番 | 0736 | ||||
ISTATコード | 044007 | ||||
識別コード | A462 | ||||
分離集落 | #分離集落参照 | ||||
隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 | ||||
公式サイト | リンク | ||||
人口 | |||||
人口 | 45664 人 (2023-01-01 [1]) | ||||
人口密度 | 284.5 人/km2 | ||||
文化 | |||||
住民の呼称 | ascolani | ||||
守護聖人 | Sant'Emidio | ||||
祝祭日 | 8月5日 | ||||
地理 | |||||
座標 | 北緯42度51分17秒 東経13度34分31秒 / 北緯42.85472度 東経13.57528度座標: 北緯42度51分17秒 東経13度34分31秒 / 北緯42.85472度 東経13.57528度 | ||||
標高 | 154 (46 - 1110) [2] m | ||||
面積 | 160.51 [3] km2 | ||||
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アスコリ・ピチェーノ県におけるコムーネの領域
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アスコリ・ピチェーノ(伊: Ascoli Piceno ( 音声ファイル))は、イタリア共和国マルケ州にある都市で、人口約46,000人の基礎自治体(コムーネ)。アスコリ・ピチェーノ県の県都である。
名称
各言語で以下の名を持つ。
- イタリア語: Ascoli Piceno [ˈaskoli piˈtʃɛːno]
- ラテン語: Asculum[4] (アスクルム)
ラテン語で「アスクルム」と呼ばれた町は2つあり、それぞれ古戦場として知られる。1つはこのアスコリ・ピチェーノで、紀元前89年のアスクルムの戦い(同盟市戦争中の戦闘)の舞台となった。もう1つは現在のアスコリ・サトリアーノ(プッリャ州フォッジャ県)で、ピュロス戦争 (Pyrrhic War) 中のアスクルムの戦いや第二次ポエニ戦争中のアスクルムの戦い(カヌシウムの戦い)の舞台となったアスクルムである。
地理

位置・広がり
アスコリ・ピチェーノ県中部、ヴァッレ・デル・トロント(Valle del Tronto、トロント川流域)に所在するコムーネ。アスコリ・ピチェーノの町は、テーラモから北北西へ24km、トロント川河口のポルト・ダスコリから西南西から27km、フェルモから南南西へ36km、リエーティから北東へ77km、州都アンコーナから南へ85km、首都ローマから北東へ138kmの距離にある[5]。
アスコリの町は、ローマとアドリア海岸を結ぶ古代のサラリア街道沿いにあり、現代の国道4号線に受け継がれている。アドリア海沿岸部へは、鉄道がサン・ベネデット・デル・トロントとの間を、高速道路がポルト・ダスコリとの間を結んでいる。
市域の西方に飛び地 Piana della Forcella がある。
隣接コムーネ隣接するコムーネは以下の通り。括弧内のTEはテーラモ県所属を示す。
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地勢
アルコリ・ピチェーノの町はトロント川の流域にあり、カステッラーノ川が合流する地点にある。町の三方は山に囲まれている。
市域周縁には、2つの国立自然公園が指定されている。北西のグラン・サッソ・エ・モンティ・デッラ・ラガ国立公園 (Gran Sasso e Monti della Laga National Park) 、南のモンティ・シビッリーニ国立公園 (Monti Sibillini National Park) である。
気候分類・地震分類
アスコリ・ピチェーノにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona D, 1698 GGである[6]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2 (sismicità media) に分類される[7]。
歴史
アスコリ・ピチェーノは、イタリック人のピケニ族 (Picentes) によって建設された都市である。数世紀のち、ローマ人たちはアドリア海で生産される塩をラティウムに運ぶための塩の道としてサラリア街道を建設した。紀元前268年、この都市はローマから名目上は独立した civitas foederata となった。紀元前91年、中央イタリアのほかの都市とともにローマに反抗した(同盟市戦争)。しかし紀元前89年、グナエウス・ポンペイウス・ストラボとのアスクルムの戦いで敗れ、都市は占領・破壊された。住民はローマの市民権を得、その後都市は発展し、ローマ帝国の崩壊を迎えた。
中世、アスコリは東ゴート人によって破壊され、ついで578年にはランゴバルド人のファロルド1世 (Faroald I of Spoleto) による破壊を受けた。その後2世紀にわたり、ランゴバルド王国のスポレート公国の支配下に置かれた(593年 – 789年)。ついでフランク人が代理人を通してこの地を支配し、最終的には司教 (Roman Catholic Diocese of Ascoli Piceno) がこの都市に対する影響力と権力を獲得した。
1189年には、共和主義者によるコムーネが設立されたが、都市内部の紛争は市民の価値観と自由の終焉、近隣の敵による危険をもたらすことになった。こうした都市に不安定な状況は、外来の独裁者による支配に道を開いた。たとえば14世紀、ガレオット1世・マラテスタ (Galeotto I Malatesta) は当初フェルモとの戦争の中で傭兵隊長(コンドッティエーレ)として迎えられ、次いでフランチェスコ・スフォルツァがその座についた。1482年にスフォルツァは失脚したが、教皇の宗主権に服属することを再び強いられた。
1860年のイタリア統一に際し、教皇領のマルケ・ウンブリアとともに、新たなイタリア王国に併合された。
行政
分離集落
アスコリ・ピチェーノには、以下の分離集落(フラツィオーネ)がある。
- Bivio Giustimana, Borgo Faiano, Campolungo, Caprignano, Carpineto, Casalena, Casamurana, Case Schiavi, Castel Trosino, Cavignano, Cervara, Colle, Colle San Marco, Colloto, Colonna, Colonnata, Coperso, Fonte di Campo, Funti, Giustimana, Il Palazzo, Lago, Lisciano, Lisciano di Colloto, Montadamo, Monte di Rosara, Monticelli, Morignano, Mozzano, Oleificio Panichi, Palombare, Pedana, Piagge, Pianaccerro, Polesio, Ponte Pedana, Porchiano, Rosara, San Gaetano, San Pietro, Santa Maria a Corte, Talvacchia, Taverna di mezzo, Trivigliano-Villa Pagani, Tozzano, Tronzano, Valle Cupa, Valle Fiorana, Valle Senzana, Valli, Vena piccola, Venagrande, Villa Sant'Antonio.
スポーツ
サッカークラブチーム、アスコリ・カルチョ1898 FCの本拠地。ホームグラウンドはスタディオ・シーノ・エ・リーリョ・デル・ドゥーカである。
交通
道路
- 高速道路
- RA11 (it:Raccordo autostradale 11)
- 国道
鉄道
- アスコリ・ピチェーノ=サン・ベネデット・デル・トロント線 (it:Ferrovia Ascoli Piceno-San Benedetto del Tronto)
姉妹都市
脚注
- ^ “Popolazione residente per sesso, età e stato civile al 1° gennaio 2023” (イタリア語). 国立統計研究所(ISTAT). 2024年3月25日閲覧。メニューでVista per singola areaを選択。Anno:2023, Ripartizione:Centro, Regione:Marche, Provincia:Ascoli Piceno, Comune:Ascoli Piceno を選択
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Ascoli Piceno (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年4月3日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Ancona (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年4月3日閲覧。
- ^ Richard J.A. Talbert, ed (2000). Barrington Atlas of the Greek and Roman World: Map-By-Map Directory. I. Princeton, NJ and Oxford, UK: Princeton University Press. p. 607. ISBN 0691049459
- ^ “地図上で2地点の方角・方位、距離を調べる”. 2016年9月12日閲覧。
- ^ “Tabella dei gradi/giorno dei Comuni italiani raggruppati per Regione e Provincia”. 新技術エネルギー環境局(ENEA) (2011年3月1日). 2017年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月20日閲覧。
- ^ “classificazione sismica aggiornata al aprile 2023” (xls). https://rischi.protezionecivile.gov.it/it/sismico/attivita/classificazione-sismica/. イタリア市民保護局. 2023年12月16日閲覧。
外部リンク
- コムーネ公式サイト (イタリア語)
アスコリピチェーノ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/05 17:09 UTC 版)
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この記事は現役競走馬を扱っています。
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アスコリピチェーノ | ||||||||||||||||||
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阪神JF優勝時(2023年12月10日)
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欧字表記 | Ascoli Piceno[1] | |||||||||||||||||
品種 | サラブレッド[1] | |||||||||||||||||
性別 | 牝[1] | |||||||||||||||||
毛色 | 黒鹿毛[1] | |||||||||||||||||
生誕 | 2021年2月24日(4歳)[1] | |||||||||||||||||
父 | ダイワメジャー[1] | |||||||||||||||||
母 | アスコルティ[1] | |||||||||||||||||
母の父 | Danehill Dancer[1] | |||||||||||||||||
生国 | ![]() |
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生産者 | ノーザンファーム[1] | |||||||||||||||||
馬主 | (有)サンデーレーシング[1] | |||||||||||||||||
調教師 | 黒岩陽一(美浦)[1] | |||||||||||||||||
競走成績 | ||||||||||||||||||
タイトル | JRA賞最優秀2歳牝馬(2023年)[1] | |||||||||||||||||
生涯成績 | 9戦6勝[1] 中央:7戦5勝 海外:2戦1勝 |
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獲得賞金 | 5億8830万6500円[2] 中央:3億9699万5000円[1] 海外:1億9131万1500円 (豪州)3万豪ドル[3] (SAU)120万米ドル[4] (2025年5月19日現在) |
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アスコリピチェーノ(欧字名:Ascoli Piceno、2021年2月24日 - )は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍は2023年の阪神ジュベナイルフィリーズ、2025年のヴィクトリアマイル。
馬名の意味は、イタリアの都市名[2]。2023年度のJRA賞最優秀2歳牝馬である。
経歴
2歳(2023年)

6月24日東京芝1400mの2歳新馬戦でクリストフ・ルメールを背にデビュー。道中は後方で追走し、最後の直線で外へ持ち出して先頭に立つと後続に2馬身半差をつけ快勝した[5]。8月27日の新潟2歳ステークスでは中団で脚を溜め、最後の直線で鋭く脚を伸ばすと逃げ粘るショウナンマヌエラを1馬身差でかわし、デビュー2連勝で重賞初制覇を果たした[6]。
続いて、初のGI挑戦として12月10日に阪神競馬場で開催された阪神ジュベナイルフィリーズに出走。道中は8番手につけ、直線で馬場の真ん中から馬群を抜け出し先頭へ。外のコラソンビート、内のステレンボッシュとの三つ巴の戦いをハナ差で制し、レースレコードを更新する勝ち時計1分32秒6でのGI初優勝を果たした[7]。
3歳(2024年)
4月7日、クラシック1戦目の桜花賞より始動。道中は中団を追走し、ステレンボッシュに続いて直線へ。しかし最後まで差を詰めることができず、阪神JFで下した相手にリベンジされる形でキャリア初黒星の2着に惜敗した[8]。5月5日のNHKマイルカップはヨレた他馬の影響でスペースがなくなり、再加速してジャンタルマンタルに迫ったものの、2馬身半差の2着に敗北した。なお、本馬の斜行によりキャプテンシーとボンドガールの進路が狭くなったとして、鞍上のクリストフ・ルメールには過怠金3万円が課された[9]。
NHKマイルカップの後は4か月ほど休養し、初めての古馬との対戦となる京成杯オータムハンデキャップで復帰。道中は中団を追走し、スムーズなコーナリングで直線に向くと抜群の伸び脚を見せて、重賞3勝目を飾った。なお、3歳牝馬が同レースを制するのは、1985年のエルプス以来、39年ぶり[10][11]。
11月2日、海外レース初挑戦となるゴールデンイーグルにジョアン・モレイラを鞍上に迎え出走。外目を付いて果敢に差し脚を伸ばすも、内伸びの馬場に苦しみ12着に終わり、前年のオオバンブルマイに続く連覇とはならなかった[12]。
4歳(2025年)
日本時間2月23日、サウジカップデーの国際競走1351ターフスプリントに出走。道中3番手を進み、直線に差し掛かったところで馬群を抜け出して逃げ粘るウインマーベルをゴール寸前捉えて勝利。重賞4勝目及び日本馬のワンツーを飾った[13]。
5月18日、NHKマイルカップ以来のGI挑戦となるヴィクトリアマイルに1番人気で出走。大外枠の17番ゲートに収まった。スタートで後手を踏み最後方からのレースとなったが、直線では抜群の末脚を発揮し、先んじて前を往くクイーンズウォークと馬場の真ん中から馬群を割って飛び込んできたシランケドとのゴール前の接戦を制しクビ差で1着。GI2勝目、重賞5勝目を獲得し、ルメールは11年連続でJRA主催GI競走勝利となった[14]。
競走成績
以下の内容は、JBISサーチ[15]、netkeiba.com[16]、Racing Post[17]の情報に基づく。
競走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離(馬場) | 頭 数 |
枠 番 |
馬 番 |
オッズ (人気) |
着順 | タイム (上り3F) |
着差 | 騎手 | 斤量 [kg] |
1着馬(2着馬) | 馬体重 [kg] |
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2023. 6.24 | 東京 | 2歳新馬 | 芝1400m(良) | 16 | 3 | 5 | 1.7 (1人) | 1着 | 1:22.8(33.3) | -0.4 | C.ルメール | 55 | (レッドセニョール) | 464 | |
8.27 | 新潟 | 新潟2歳S | GIII | 芝1600m(良) | 12 | 8 | 12 | 3.7 (1人) | 1着 | 1:33.8(33.3) | -0.2 | 北村宏司 | 55 | (ショウナンマヌエラ) | 472 |
12.10 | 阪神 | 阪神JF | GI | 芝1600m(良) | 18 | 4 | 7 | 5.9 (3人) | 1着 | R1:32.6(33.7) | 0.0 | 北村宏司 | 55 | (ステレンボッシュ) | 468 |
2024. 4. 7 | 阪神 | 桜花賞 | GI | 芝1600m(良) | 18 | 5 | 9 | 3.5 (1人) | 2着 | 1:32.3(33.5) | 0.1 | 北村宏司 | 55 | ステレンボッシュ | 478 |
5. 5 | 東京 | NHKマイルC | GI | 芝1600m(良) | 18 | 7 | 14 | 2.9 (1人) | 2着 | 1:32.8(34.2) | 0.4 | C.ルメール | 55 | ジャンタルマンタル | 480 |
9. 8 | 中山 | 京成杯AH | GIII | 芝1600m(良) | 16 | 5 | 10 | 1.5 (1人) | 1着 | 1:30.8(32.7) | -0.2 | C.ルメール | 55.5 | (タイムトゥヘヴン) | 480 |
11. 2 | ローズヒル | ゴールデンイーグル | 芝1500m(稍) | 20 | 19 | (1人) | 12着 | 1:28.7 | 0.8 | J.モレイラ | 54.5 | Lake Forest | 計不 | ||
2025. 2.22 | KAA | 1351ターフSP | G2 | 芝1351m(Fs)[注 1] | 13 | 3 | 12 | 2.25 (1人) | 1着 | 1:17.88 | -0.05 | C.ルメール | 55 | (Win Marvel) | 計不 |
5.18 | 東京 | ヴィクトリアM | GI | 芝1600m(良) | 17 | 8 | 17 | 2.5 (1人) | 1着 | 1:32.1(33.3) | 0.0 | C.ルメール | 56 | (クイーンズウォーク) | 476 |
- 海外の競走の「枠番」欄にはゲート番を記載
- サウジアラビアのオッズ・人気はRacing Postのもの(日本式のオッズ表記とした)
- 競走成績は2025年5月18日現在
- タイム欄のRはレコード勝ちを示す
血統表
アスコリピチェーノの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | サンデーサイレンス系/ヘイロー系 |
[§ 2] | ||
父
ダイワメジャー 2001 栗毛 |
父の父
*サンデーサイレンスSunday Silence 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason | |
Cosmah | ||||
Wishing Well | Understanding | |||
Mountain Flower | ||||
父の母
スカーレットブーケ1988 栗毛 |
*ノーザンテースト | Northern Dancer | ||
Lady Victoria | ||||
*スカーレットインク | Crimson Satan | |||
Consentida | ||||
母
アスコルティ 2011 黒鹿毛 |
Danehill Dancer 1993 鹿毛 |
*デインヒル | Danzig | |
Razyana | ||||
Mira Adonde | Sharpen Up | |||
Lettre d'Amour | ||||
母の母
*リッスンListen 2005 鹿毛 |
Sadler's Wells | Northern Dancer | ||
Fairy Bridge | ||||
Brigid | Irish River | |||
Luv Luvin' | ||||
母系(F-No.) | (FN:9-b) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Northern Dancer:4×5×4 15.63% | [§ 4] | ||
出典 |
- 祖母リッスンは2007年のフィリーズマイル勝ち馬。
- 叔母に2015年ローズステークス勝ち馬のタッチングスピーチ。
- そのほかの近親に2008年英2000ギニーなどGI4勝のヘンリーザナビゲーター、2013年愛2000ギニー・BCターフ勝ち馬のマジシャン、2020年JBCレディスクラシック勝ち馬のファッショニスタ。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p “アスコリピチェーノ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2023年11月13日閲覧。
- ^ a b “アスコリピチェーノ|競走馬情報”. 日本中央競馬会. 2024年12月29日閲覧。
- ^ “2024 ゴールデンイーグルの登録要綱”. 2024年11月5日閲覧。
- ^ “2025 サウジカップ開催 施行競走 登録要綱”. 2025年3月4日閲覧。
- ^ “1番人気アスコリピチェーノが差し切り初陣V ルメール騎手「いい瞬発力だった」/新馬戦”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2023年6月24日). 2023年6月24日閲覧。
- ^ “【新潟2歳S結果】アスコリピチェーノが人気に応えて無傷2連勝で重賞制覇!”. netkeiba.com. ネットドリーマーズ (2023年8月27日). 2023年8月27日閲覧。
- ^ “【阪神JF】アスコリピチェーノ桜も見えた! 無敗女王が誕生した2つの理由”. 東スポ競馬. 東京スポーツ新聞社 (2023年12月10日). 2023年12月10日閲覧。
- ^ “【桜花賞】2歳女王アスコリピチェーノは2着 勝ち馬に逆転を許した要因は? 北村宏「差を詰められませんでした」”. 東スポ競馬 (2024年4月7日). 2024年9月8日閲覧。
- ^ “【NHKマイルC】世代トップの力を示したアスコリピチェーノ2着 ルメールは斜行で過怠金3万円”. 東スポ競馬 (2024年5月6日). 2024年9月8日閲覧。
- ^ 「【京成杯AH】アスコリピチェーノV 2歳女王の底力見せた」『スポーツニッポン』2024年9月8日。2024年9月8日閲覧。
- ^ 「【京成杯AH】昨年の2歳女王アスコリピチェーノが着差以上の完勝 阪神JF以来の重賞3勝目」『スポーツ報知』2024年9月8日。2024年9月8日閲覧。
- ^ “日本馬連覇ならず…豪ゴールデンイーグルのアスコリピチェーノは12着、コラソンビートは20着 - 海外 | 競馬 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2024年11月2日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “【1351ターフスプリント】日本馬ワンツー! アスコリピチェーノがウインマーベルを差して戴冠”. 東スポ競馬 (2025年2月23日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “【ヴィクトリアM】1番人気アスコリピチェーノが外から差し切りG1・2勝目 - 競馬 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2025年5月18日). 2025年5月18日閲覧。
- ^ “アスコリピチェーノ 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2023年8月27日閲覧。
- ^ “アスコリピチェーノの競走成績”. netkeiba.com. 2023年8月27日閲覧。
- ^ “Ascoli Piceno | Race Record & Form | Racing Post”. racingpost.com. 2025年2月23日閲覧。
- ^ “Full Result 4:10 Riyadh (KSA) | 22 February 2025”. racingpost.com. レーシング・ポスト. 2025年2月23日閲覧。
- ^ a b c “アスコリピチェーノの血統表|競走馬データ”. netkeiba.com. ネットドリーマーズ. 2023年8月27日閲覧.
- ^ “アスコリピチェーノ - Ascoli Piceno - 競走馬データベース”. 競馬ラボ. 2023年8月27日閲覧.
- ^ a b “血統情報:5代血統表|アスコリピチェーノ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2023年8月27日閲覧.
外部リンク
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固有名詞の分類
イタリアの県都 |
アグリジェント トレント アスコリ・ピチェーノ ヴィチェンツァ テーラモ |
アスコリ・ピチェーノ県のコムーネ |
モンテガッロ グロッタンマーレ アスコリ・ピチェーノ マッシニャーノ ロッカフルヴィオーネ |
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