『鍾乳石』
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「テオドール・ド・バンヴィル」の記事における「『鍾乳石』」の解説
バンヴィルが自身の詩的独自性を確立するのは1846年の『鍾乳石』を待たねばならない。そこでバンヴィルは伝統的・古典的な詩形、叙事詩的な主題から離れ、抒情詩句への傾向を強める。具体的には様々な詩節の使用(2行、4行、6行など)、奇数脚(3音節、7音節、13音節の使用)俗謡から借用した繰り返しの導入などが特徴である。主題的にも神話的な形象を用いつつ詩的創造そのものを歌ったもの(Carmen)、ノスタルジーや恋愛といったきわめて叙情的な主題(A la Font-Gorge)など、よりバンヴィル自身に近しい主題が選択されている。この詩集において、抒情詩人としてのバンヴィルの主要な要素が整ったと見てよいだろう。 一方で、伝統的な叙事詩の系譜に連なる、比較的長い詩も作られているが、これらの詩は、『鍾乳石』ではなく、後に『杯の血』にまとめられることになる。1874年に独立して出版された際の序文にあるように、バンヴィルはこの詩集で« Poëme »(この語はむしろ長大な叙事詩を意味する)の現代的な形の可能性を模索している。12音節詩句が比較的多く用いられているが、平韻は少なく、抒情詩的な六行詩節や四行詩節と組み合わされて用いられており、特に『パリスの決断』は神話のエピソードを、きわめて多様な詩節、韻律を用いて描いた詩として意義深い。内容面でも、『シプリスの呪い』ではヴィーナスを19世紀のパリに対峙させ、« Poëme »に同時代的な要素を持ち込んでいる。また、実際に劇場で朗読されたり上演された作品も多く収められており、演劇と詩という異なったジャンルの相互浸透が見られる。 『鍾乳石』から10年のインターバルを置いて発表された『小オード集』は『鍾乳石』の詩形の探求、叙情的主題を受け継いでいる。「小オード」Odeletteという語はロンサールの発案した語であり、ここで16世紀詩人たちへの参照は明らかである。しかし、バンヴィルは単に過去の詩形を発掘するにはとどまらず、それを現代的な主題に適用しつつ再生させることを試みている。より後の『紫水晶』は副題に「ロンサールのリズムを基に作られた、恋愛についての新たな小オード」とあり、16世紀詩の継承と発展の意識が1860年代に至るまで一貫していたことを示している。
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