『棒がいっぽん』とは? わかりやすく解説

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『棒がいっぽん』(1995年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 14:20 UTC 版)

高野文子」の記事における「『棒がいっぽん』(1995年)」の解説

詳細は「棒がいっぽん」を参照 1995年、5冊目の単行本『棒がいっぽん』を刊行『るきさん』連載前後の短編作品6作を収録したもので、作品集としては『おともだち』以来12年ぶりのものとなる。巻頭収められている「美しい町」は1960年代工業地帯舞台若い夫婦静かな生活描いた作品。続く「病気になったトモコさん」は、入院中の少女1日のうちに見たものや連想一貫してその少女視点から描いている。「バス4時に」は、バス乗って婚約者の家に着くまでの、ある女性の心の動きを描く。「私の知ってるあの子のこと」は、「病気になったトモコさん」と同じく子供題材にしているが、後者子供の視点に映る事物クローズアップ多用し様々な構図描いているのに対し前者俯瞰気味の構図用い一貫してロングショットだけで作品構成している。「東京コロボックル」は、人間の家に間借りして都会生活を営む小人たちの生活を描くショートコミックである。 巻末収められている「奥村さんのお茄子」は、単行本収録の際に扉ページを除く全ページ描き直され作品68ページ収録作品中最も長く単行本表題もこの作品にちなんつけられている。ごく普通の中年男性・奥村さんのもとに「とっても遠くから」来たという不思議な女性がやってきて、25年前ある日昼食一緒に検証する、という一風変わったSF仕立て作品であるが、高野自身は「それもSFじゃないでしょうねえ。「奥村さんのお茄子」も「黄色い本」や「美しき町」(いずれも日常扱った作品 引用者註)とテーマ同じなですよ。ただ作画絵柄変えたという」という風に語っている。この作品物語解釈をめぐり誌上ネット上でさまざまな議論起こした夏目房之介は『棒がいっぽん』収録作品の独特の画面構成大きな遠近落差)に注目し、「奥村さんのお茄子」ではそれが日常貴重さ表現するとともに「普通の日常成りたちがたさ」を表現していると論じている。夏目は『棒がいっぽん』を評し日常懐かしさ怖さここまでラジカル表現したマンガを、私はほかに知らない」と述べている。 高野絵柄はこの作品集から次第簡素になっていく。絵柄について高野は「アシスタント使わず最後までできるには、その程度の絵じゃないとだめだというのがあった。手間のかかる絵はとにかくやめようと」考えた述べている。このころ趣味ゲームで、わたしはダメ嫁や東京コロボックルにはスーパーファミコンプレイしていた様子再三描かれていた。

※この「『棒がいっぽん』(1995年)」の解説は、「高野文子」の解説の一部です。
「『棒がいっぽん』(1995年)」を含む「高野文子」の記事については、「高野文子」の概要を参照ください。

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