産業精神保健
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日本の状況
(財)社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の2008年報告は「企業における「心の病」は依然として増加傾向」としていたが[14]、2010年報告において、同時期の自殺者統計と同様にやっと「企業における"心の病"増加傾向に歯止め〜取り組みの成果に手ごたえを感じつつある企業も増加〜」とした[15]。
日本での法規制
労働衛生行政の中で、健康増進義務が法令上明示されたのは、1988年の労働安全衛生法の改正からである[16]。そこでは「労働者の健康の保持増進のための措置」が事業者の努力義務とされた[16]。
2008年に施行された「労働契約法」第5条「労働者の安全への配慮」では、安全配慮義務が明文化され、企業・事業所側(使用者・雇用主・事業者・経営者)に要求される労働契約上の安全配慮は、努力義務ではなく法的義務として課せられるようになった[17]。
労働契約法 第五条 (労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
この解釈は、同法施行前に厚生労働事務次官および厚生労働省労働基準局から各都道府県労働局へあてた行政通達の中において言明されており、『法第5条の「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものである[17]』と定義した上で、「必要な配慮」については『労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて、必要な配慮をすることが求められるものである[17]』との明記があり、精神保健対策の不備が、企業・事業所側の安全配慮義務違反に含まれることが指摘されている[17]。
2014年の労働安全衛生法改正では、職業性ストレスのチェックが義務付けられた(労働安全衛生法による健康診断)。これは精神疾患の発見ではなく、精神不調の未然防止を主目的とするものである(法案附帯決議)。
労働安全衛生法 第六十六条の十 (心理的な負担の程度を把握するための検査等)
事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。
2 事業者は、前項の規定により行う検査を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該検査を行つた医師等から当該検査の結果が通知されるようにしなければならない。この場合において、当該医師等は、あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない。
3 事業者は、前項の規定による通知を受けた労働者であつて、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。この場合において、事業者は、労働者が当該申出をしたことを理由として、当該労働者に対し、不利益な取扱いをしてはならない。
4 事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の規定による面接指導の結果を記録しておかなければならない。
5 事業者は、第三項の規定による面接指導の結果に基づき、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、厚生労働省令で定めるところにより、医師の意見を聴かなければならない。
6 事業者は、前項の規定による医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、当該医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じなければならない。
日本での略歴
- 1947年(昭和22年)
- 1972年(昭和47年)
- 「労働安全衛生法」第69条「健康教育等」、第70条「体育活動等についての便宜供与等」、第70条の2「健康の保持増進のための指針の公表等」
- 1988年(昭和63年)
- 「事業場における労働者の健康保持増進のための指針(健康の保持増進のための指針公示第1号)」
- 1999年(平成11年)
- 2000年(平成12年)
- 2005年(平成17年)
- セクシャルハラスメントによる精神疾患への労働災害認定に関する行政通達(厚生労働省労働基準局通達)
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 「労働契約法」第5条「労働者の安全への配慮」
- 労働契約法施行により今後は各企業・事業所側に労働者の心身両面への安全配慮義務が課せられる旨の行政通達(厚生労働省労働基準局通達)[17]
- パワーハラスメントによる精神疾患への労働災害認定に関する行政通達(厚生労働省労働基準局通達)
- 2009年(平成21年)
- 「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(精神疾患への労働災害認定の判断指針)」改正
- 判断指針改正により今後は(男女ともに)各種ハラスメントによる精神疾患も労働災害認定に加えられる旨の行政通達(厚生労働省労働基準局通達)[20]
- 2014年 - 労働安全衛生法が改正され、ストレスチェックが義務付けられた。
疫学
産業 | 1人以上該当 | 産業 | 1人以上該当 |
---|---|---|---|
農業,林業(林業に限る。) | 3.1% | 不動産業,物品賃貸業 | 9.0% |
鉱業,採石業,砂利採取業 | 4.7% | 不動産業 | 10.6% |
建設業 | 7.0% | 物品賃貸業 | 6.9% |
総合工事業 | 6.1% | 学術研究,専門・技術サービス業 | 14.0% |
職別工事業(設備工事業を除く) | 3.8% | 宿泊業,飲食サービス業 | 3.5% |
設備工事業 | 10.6% | 宿泊業 | 4.0% |
製造業 | 10.2% | 飲食店 | 3.5% |
消費関連製造業 | 7.1% | 生活関連サービス業,娯楽業 | 2.8% |
非金属系素材関連製造業 | 10.2% | 洗濯・理容・美容・浴場業 | 2.0% |
金属系素材関連製造業 | 7.5% | その他の生活関連サービス業 | 4.8% |
機械関連製造業 | 15.0% | 娯楽業 | 2.7% |
電気・ガス・熱供給・水道業 | 26.8% | 教育,学習支援業 | 8.2% |
情報通信業 | 31.2% | 医療,福祉 | 7.2% |
通信業 | 23.3% | 複合サービス事業 | 15.2% |
放送業 | 21.2% | 郵便局 | 25.6% |
情報サービス業 | 38.6% | 協同組合(他に分類されないもの) | 10.2% |
インターネット附随サービス業 | 19.3% | サービス業(他に分類されないもの) | 11.2% |
映像・音声・文字情報制作業 | 17.5% | (対事業所サービス業) | 12.1% |
運輸業,郵便業 | 7.4% | 職業紹介・労働者派遣業 | 13.0% |
鉄道業 | 27.4% | その他の事業サービス業 | 11.9% |
道路旅客運送業 | 5.2% | (対個人サービス業) | 13.8% |
道路貨物運送業 | 5.2% | 自動車整備業 | 8.8% |
水運業 | 2.6% | 機械等修理業 | 17.5% |
航空運輸業 | 19.4% | (対社会的サービス業) | 7.1% |
倉庫業 | 9.2% | 廃棄物処理業 | 2.8% |
運輸に附帯するサービス業 | 7.7% | 政治・経済・文化団体 | 12.0% |
郵便業(信書便業を含む) | 23.5% | 宗教 | 8.1% |
卸売業,小売業 | 5.9% | その他のサービス業 | 11.2% |
繊維、飲食料品その他卸売業 | 12.0% | ||
織物、飲食料品その他小売業 | 2.8% | ||
金融業,保険業 | 15.8% | ||
金融業 | 14.3% | ||
保険業 | 18.1% |
日本における関連資格
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2006年に厚生労働省が策定した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」の中で[22]、精神保健の担い手として例示されている資格について、下記にそれぞれの活動領域や養成課程などの背景をまとめ、その同異を示す。なお、産業医や衛生管理者などは、現実的にはケガや感染症予防などの安全衛生相談が中心となるため割愛する。
必須資格 | 養成課程 | 養成課程の 最短所要期間 |
試験 | 臨床実務訓練 | |
---|---|---|---|---|---|
精神科医 | 医師免許 | 大学医学部 | 6年間 | 有 | 必須 |
保健師 | 看護師免許 | 保健師助産師看護師養成所 | 4年間 ※看護大学など卒業時 |
有 | 必須 |
精神保健福祉士 | 精神保健福祉士免許 | 精神保健福祉士養成施設 | 4年間 ※福祉大学など卒業時 |
有 | 必須 |
臨床心理士 | 臨床心理学系修士号 | 臨床心理士指定大学院 | 7年間 ※学部+専門職大学院など修了時 |
有 | 必須 |
産業カウンセラー | - | 養成講座/通信講座 | 7ヶ月間(講座数は約20回) | 有 | 不要 |
心理相談員 | - | 養成研修 | 3日間 | 無 | 不要 |
メンタルヘルス・マネジメント検定 | - | - | - | 有 | 不要 |
事業者の取り組み
4つのケア
事業所における精神保健の内容として、2000年の「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」以来、4つのケアの推進が云われている[23]。
- セルフケア - 社員職員自身がストレスや心の健康について理解し、自らのストレスを予防・軽減して心の健康を維持する(ストレス管理)。
- ラインによるケア - 社員職員と日常的に接するライン管理職が、心の健康に関わる職場環境の改善や社員職員に対する相談対応を行う。
- 企業内産業保健スタッフ等によるケア - 健康管理の担当者、安全衛生委員会等が事業所の心の健康づくり対策の提言を行うとともにその推進を担い、社員職員及びライン管理職を支援する。
- 外部資源によるケア - 地域産業保健センター、都道府県産業保健推進センター、中央労働災害防止協会、労働者健康保持増進サービス機関等の外部機関、及び労働衛生コンサルタントなどの専門家を活用しその支援を受ける。
産業精神保健の具体的進め方
2006年の厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、精神保健の具体的な進め方について以下の4点をあげている[22]。
- 精神保健を推進するための教育研修・情報提供 - それを社員、ライン管理職、産業保健スタッフや衛生委員会メンバー等のそれぞれの段階でおこなう。
- 職場環境等の把握と改善 - 職場環境等を評価し、問題点を把握した上で、職場環境のみならず勤務形態や職場組織の見直し等の様々な観点から職場環境等の改善を行う(一次予防)
- メンタル不調への気づきと対応 - メンタル不調に陥る社員職員の早期発見と適切な対応のための体制や、社外産業医や医療機関などとのネットワーク整備(二次予防)
- 職場復帰における支援 - メンタル不調による休職者の職場復帰における支援のため、職場復帰支援プログラムを策定する。そこにおいて、休業の開始から通常業務への復帰に至るまでの一連の標準的な流れを明らかにし、関係者の役割等について定める(三次予防)
それと同時にメンタルヘルスに関する個人情報の保護への配慮、具体的にはメンタルヘルスに関わる個人情報を主治医や家族から得る場合にはあらかじめその社員の同意が必要であること。産業医等が知り得たメンタルヘルスに関する社員の個人情報を事業者等に提供する場合でも、提供する情報の範囲と提供先を企業側の対応に必要な範囲で最小限とすることなどをあげている。
職業性ストレスと労災認定
労働災害認定基準(基発1226第1号)によれば、労働に起因する精神障害の原因としてストレス脆弱性モデルを挙げており、認定基準に「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷(職業性ストレス)が認められること」を定めている[24]。
「業務による強い心理的負荷」は、以下何れかに該当した場合となる[24]。一部を例示する。
- 発病前おおむね6か月間における「特別な出来事」
- 発症直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の、例えば3週間におおむね120時間以上の時間外労働(極度の長時間労働)[24]。
- 業務関連で他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた[24]。
- 強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などの、セクシュアルハラスメント[24]。
- いくつか個別の事象を強・中・弱で評価し、それらを総合評価して「強」であった場合
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