産業精神保健 課題

産業精神保健

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/13 19:29 UTC 版)

課題

普及率

表1:企業・事業所規模別の
メンタルヘルス対策への取り組み割合
企業・事業所規模 取り組み割合
2007年度調査 2002年度調査
(前回調査)
5000人以上 100.0% 88.9%
1000人-4999人 95.5% 90.6%
300人-999人 83.0% 64.7%
100人-299人 64.1% 44.0%
50人-99人 45.2% 32.4%
30人-49人 36.8% 26.6%
10人-29人 29.2% 20.2%
表2:各企業・事業所における
メンタルヘルス対策の内容と割合
内容 割合(複数回答)
労働者からの相談対応
(心理カウンセリングなど)の体制整備
59.3%
労働者への教育研修・情報提供 49.3%
管理監督者への教育研修・情報提供 34.5%
表3:メンタルヘルス対策に
まだ取り組めていない場合の理由と割合
理由 割合(複数回答)
専門スタッフがいない 44.3%
取り組み方が分からない 42.2%
必要性を感じない 28.9%
労働者の関心がない 27.7%
経費がかかる 12.1%
その他 17.5%
不明 0.7%

2007年度に厚生労働省が取りまとめた全国規模の企業・事業所現場調査[25]によると、労働者300人以上のいわゆる大企業は、80%-100%が産業精神保健に取り組んでいる(表1[25])。

労働者300人未満のいわゆる中小企業では、規模と取り組み割合は正比例しており規模が小さい企業・事業所ほど取り組みが遅れているが、労働者10人-49人程度の小規模企業(個人事業・自営業)であっても、およそ3ヶ所に1ヶ所は、既に産業精神保健に取り組んでいる(表1[25])。

この結果を2002年度調査(前回調査)と比較すると、大企業-中小企業までの全ての規模の企業・事業所において、産業精神保健への取り組み割合が増加・拡大している(表1[25])。

ただし、中小企業における産業精神保健への取り組み割合は、最大でも64%程度であるが(表1。企業・事業所規模:100人-299人を参照[25])、中小企業は労働者の人数が少ない性質上、職場内の人間関係が閉鎖化・固定化しやすいことがあり[26]、好ましくない関係性が固定化してしまった場合には、そのような職場風土に起因したストレスハラスメントが生じる恐れがあると指摘されているため[25]、今後の着実な取り組み推進が急務とされるなど、特に中小企業における労働者への専門的なケアの充実は、いまだ途上の段階にある[25]

一方、各企業・事業所において最も多く取り組まれている産業精神保健は、「心理カウンセリングなどの体制整備」で、対策全体の約60%を占めており、今日では心理職専門家による心理カウンセリングが、産業・労働分野においての健康管理の一環として、一定の普及・定着を見せていることが現場から報告されている(表2[25])。

他方、いまだ産業精神保健に取り組めていない企業・事業所が回答した理由では、「専門スタッフがいない」「取り組み方が分からない」がほぼ同率で第1位と第2位を占めている(表3[25])。企業・事業所の大小を問わず、経営者にとってはネックとなりがちな「経費がかかる」との回答は、12%程度で、具体的な回答項目の中では最も少なく、産業精神保健が遅れている各企業・事業所が抱えるのは、コスト面の課題よりもメンタルヘルスケアの担い手とのマッチング面の課題の方が、より大きなウエイトとなっていることが報告されている(表3[25])。

この課題に対する支援としては、各地方の産業精神保健支援センターや地域産業保健センターも相談を受け付けている。また、医療系ポータルサイトWAM NETや心理士職能団体日本臨床心理士会が各都道府県の医療機関・相談機関の検索サービスを公開しており[27][28]、労働者自身でも個別にそれらの専門機関を探せるほか、企業・事業所へ「外部EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)」を提供している専門機関も含まれているため、各企業・事業所の経営者にとっても、産業精神保健導入時の情報ツールのひとつとなっている[27][28]

プライバシーへの配慮

企業には、同時に個人情報保護法が影響し、特にメンタルヘルスの問題はセンシティブである。命に関わるなど緊急の場合は別であるが、本人から聞いた話を他の人に伝えるのは本人の同意が必要であり、家族から事情聴取する[29]

ストレスを強調することの問題点

従業員向けの講演では、ストレスとうつ病が過剰に強調されている[30]。典型的なうつ病とは性格要因が強いものであるが、環境要因が強調されすぎている[30]。頑張りすぎる人がうつ病になりやすいという性格要因に触れ、十分な休養が必要であり、薬の服用、励まさないといった性格要因が影響する典型的なうつ病への対策が示されてるが、これは外部からもたらされる環境的なストレスが原因ではない[30]

環境要因であるストレスのみによって精神的な不調が起こるとも理解されていないし、実際に病的となった人は、ストレスに脆いといった誤解にもつながるおそれもある[30]

原職復帰について

日本の厚生労働省マニュアル規定では、スムーズな復帰支援のため「慣れた職場に戻す」という観点から「原職復帰の原則」を運用しているが、日本精神神経科診療所協会会長で産業医も務める渡辺洋一郎によると「この原則こそが再発防止のネックになっていることも少なくない」とし、また「経営者は従業員のよりよい職場適応を図ることが重要と認識し、産業医がそのための専門性を高めることが必要」と語っている[31]




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  25. ^ a b c d e f g h i j 厚生労働省 & 独立行政法人労働者健康福祉機構 2010.
  26. ^ 大阪大学大学院法学研究科・大阪大学法学部 (2007年). “職場トラブルについて考える (PDF)”. 2010年12月1日閲覧。
  27. ^ a b WAM NET (2010年). “病院・診療所検索”. 2010年12月18日閲覧。
  28. ^ a b 日本臨床心理士会 (2010年). “臨床心理士に出会うには”. 2010年12月18日閲覧。
  29. ^ (pdf) 雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項 (基発0611第1号) (Report). 厚生労働省. (2012-06-11). http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/161029kenkou.pdff.  [2]
  30. ^ a b c d 宮岡等 2014, pp. 93、96-97.
  31. ^ 鬱病の専門家 「配置転換も検討を」 原職復帰に疑問”. 産経WEST (2017年8月27日). 2017年8月27日閲覧。





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