亀田総合病院
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/05/18 02:36 UTC 版)
| 情報 | |
|---|---|
| 正式名称 | 医療法人鉄蕉会 亀田総合病院 |
| 前身 | 有限会社 亀田総合病院 |
| 標榜診療科 | 内科、心療内科、精神科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、アレルギー科、リウマチ科、小児科、外科、整形外科、形成外科、美容外科、脳神経外科、呼吸器外科、心臓血管外科、消化器外科、小児外科、皮膚科、泌尿器科、産科、婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、救急科(2011年10月より)、歯科、矯正歯科、小児歯科、歯科口腔外科 |
| 許可病床数 | 925(うち開放病床30床) 精神病床:60床 一般病床:865床 |
| 機能評価 | 一般500床以上:Ver6.0 |
| 開設者 | 医療法人鉄蕉会 |
| 管理者 | 亀田信介(院長) |
| 開設年月日 | 1948年(昭和23年) |
| 所在地 |
〒296-8602
|
| 位置 | 北緯35度7分13秒 東経140度7分31秒座標: 北緯35度7分13秒 東経140度7分31秒 |
| 二次医療圏 | 安房 |
| 特記事項 | 国際病院評価機構(JCI)認証病院 |
| PJ 医療機関 | |
目次 |
概要 [編集]
千葉県南部の救命医療を担う基幹病院ともなっており、1985年(昭和60年)には救命救急センターに指定されている[1]。
外国人患者の獲得を目指していることでも知られ、2002年(平成14年)には院内に「国際関係部」を設置、2009年(平成21年)には日本の病院としては初めて、アメリカの非営利団体、Joint Commission International(JCI)による認証を受けた[2]。病院を訪れる外国人患者は2010年現在、検診を除いて年間約200人となっている[3]。また、今後の中国人患者の増加を想定して、中国人看護師の雇用が積極的に進められている[4]。
亀田総合病院グループ全体で医師数は421名(2010年現在)、年間売上高は360億円[5]。
歴史 [編集]
1948年(昭和23年)に有限会社亀田総合病院として発足し、1954年(昭和29年)に医療法人鉄蕉会(てっしょうかい)亀田病院となった[1]。1964年(昭和39年)には総合病院の認定を得て、現在の「亀田総合病院」に改称した[1]。
病院グループの経営は亀田家のファミリービジネスとなっており、1982年(昭和57年)に亀田俊孝が院長職を退いた後には、その4人の息子に引き継がれている。長男の亀田俊忠は1982年に院長となり、1991年(平成3年)からは理事長を務めた。次男の亀田隆明は1987年(昭和62年)に亀田産業社長、翌年には亀田開発を設立して社長となり、2008年(平成20年)6月より亀田病院理事長を務めている。三男と四男は双生児であり、三男・亀田信介は現在の病院長、四男・亀田省吾は亀田クリニック院長である。
医師と診療 [編集]
亀田4兄弟の父親・亀田俊孝が院長だった頃には診療科目は限られ、医師数も20名に満たない中小病院に過ぎなかった亀田総合病院を拡大させるために取られた経営戦略は、「有名医師のヘッドハンティング」であった[4]。こうして集められた医師には、著名な脳神経外科医や心臓血管外科医のほか、活発な言論活動で知られる泌尿器科医・小松秀樹らが含まれる[4]。
著名医師の雇用によって若手医師や患者の獲得が容易となる一方、スカウトされた医師がいきなり診療科のトップにつくことによって長年亀田総合病院で勤務してきたベテラン医師のやる気の喪失や離職を招いているともいわれる[4]。
実際、研修医の研修先としては一定の人気を得ている反面、常勤医師の定着率は高くなく、背景には患者サービス向上の皺寄せによる疲弊や給与の低さ、東京から遠く離れているうえに地元に息抜きのための機会がないことなどが指摘される[4]。
整形外科においては2007年(平成19年)、同科に所属する医師が皆無になったことから診療が停止になるという「事件」が発生した[4]。 その後、2008年より腫瘍専門医、スポーツ整形外科専門医が着任した。2009年7月にスポーツ分野はスポーツ医学科として新設され、独立している。 2012年1月現在、整形外科には腫瘍、外傷、人工膝関節、人工股関節、手の専門医の医師12名、スポーツ医学科にはスポーツ整形外科専門医2名、physicians assistant2名勤務している。特にスポーツ医学科では千葉ロッテマリーンズ、東北楽天ゴールデンイーグルズのキャンプドクター、日本水泳連盟医科学スタッフ、明治学院大学アメフトチームドクターなども務めており、スポーツ選手の整形外科疾患を全面的に治療している。
Kタワー [編集]
Kタワーは13階建ての新病棟で、350床のすべてが外房の海を望むオーシャンビューの個室という、亀田総合病院を代表する施設である[4]。
この病棟は当初2000年(平成12年)の完成予定で計画されていたものの、資金調達の難航によって大幅に遅延し、2005年(平成17年)4月の竣工となった[4]。
差額室料が1万2,600円である最低ランクの個室でも面積21平米であり、一日の差額を52,500円に設定している最高ランクの個室にはジャグジーが備えられ、60平米が確保されている[4]。
Kタワーでは面会を24時間フリーにしているほか、主治医の許可があればアルコール飲料の摂取も可能となっている[4]。
ホテルフランクス [編集]
亀田隆明が1987年(昭和62年)に亀田総合病院のグループ会社、亀田産業の社長に就任すると、千葉市の千葉駅近くにビジネスホテルを開業した。
続いて翌1988年(昭和63年)には亀田開発を設立して社長に就任、千葉県・幕張新都心にホテル、「ホテルフランクス」を開業した。同ホテルは会員制で人間ドックなどを受診できるメディカル・クラブを設立したほか、タラソテラピー(海洋療法)を取り入れたスパも併設していたが、過大な初期投資が負担となって赤字が続き、2003年(平成15年)末には売却して手放すこととなった。
ホテルフランクスは現在、結婚式ビジネスなどを手がける株式会社ブライダルプロデュース(神奈川県横浜市)の所有となって営業を続けている[6]。
東京都心への進出 [編集]
亀田総合病院は2013年(平成25年)4月、東京駅至近の東京・京橋にクリニックを開設する[7]。このクリニックは、東京建物が建設する24階建ての再開発ビルの2階と4階に入居し、女性外来や人間ドックを開設するほか、外国人の診療、亀田総合病院で手術を受けた患者のフォローアップなどを行う予定である[7]。
医療大学の設置 [編集]
医療法人鉄蕉会は学校法人鉄蕉館を設立、看護学部看護学科からなる「亀田医療大学」を、病院に近接する鴨川市立鴨川中学校跡地に2012年に開校した[8][9]。
診療科 [編集]
以下の33科目の診療を行っている。
- 内科
- 心療内科
- 精神科
- 神経内科
- 呼吸器科
- 消化器科
- 循環器科
- アレルギー科
- リウマチ科
- 小児科
- 外科
- 整形外科
- 形成外科
- 美容外科
- 脳神経外科
- 呼吸器外科
- 心臓血管外科
- 消化器外科
- 小児外科
- 皮膚科
- 歯科
- 矯正歯科
- 小児歯科
- 歯科口腔外科
- 泌尿器科
- 産科
- 婦人科
- 眼科
- 耳鼻咽喉科
- リハビリテーション科
- 放射線科
- 麻酔科
- 救急科(2011年10月より)
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- ^ a b c 医療法人鉄蕉会亀田総合病院の変遷 亀田メディカルセンターのウェブサイト、平成23年11月12日閲覧
- ^ トップメッセージ:国内初JCI取得の意義|医療法人鉄蕉会 亀田メディカルセンター
- ^ 「目下、発展途上! 外国人患者を受け入れる日本の病院」『週刊朝日』2010年2月19日号107ページ
- ^ a b c d e f g h i j 田中幾太郎 南房総「楽園ホスピタル」のお寒い現実 『ZAITEN』(財界展望新社) 2011年10月号
- ^ 2010年(平成22年)3月期
- ^ ホテルフランクス
- ^ a b 都心に国際医療拠点、東京駅近く、亀田病院誘致 『日本経済新聞』 平成24年2月7日夕刊1面
- ^ “亀田医療大学12年開校目指す”. 千葉日報. (2009年12月21日) 2010年4月5日閲覧。
- ^ 教職員採用情報 - 学校法人鉄蕉館2010年7月20日閲覧。
- 1 亀田総合病院とは
- 2 亀田総合病院の概要
- 3 交通アクセス [編集]
- 4 関連施設 [編集]
固有名詞の分類
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