熟語 (漢字)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 13:24 UTC 版)
熟語の構造と分類
漢字の表語性と熟語
前述のように漢字は表語文字と しての側面が強く、漢文において、先に挙げた「牀前」、「月光」のような複数の漢字が並びが一つのまとまった意味をなす表現においても、それを 構成する漢字のそれぞれが単独の語とみなすことができるため、どこからを熟語であるとみなすかは恣意的なものになりやすい。逆の見方をすると、漢文において熟語と称される表現は、それ自体が複数の単語が並んだ連語表現とみなすことができ、熟語を構成する漢字は形態論というよりむしろ統語論的な規則にしたがって配列しているということがわかる。
統語的構造
以上のような漢字の性質を踏まえ、漢籍に出典のある表現のうち、現代の日本語において漢熟語とみなされている語の構造として、より統語的である、1.主述構造、2.補足構造、3.修飾構造、4.認定構造の例を以下に挙げる[43][44]。なお、参考として現代中国語における発音を併記したが、これらは必ずしも現代中国語として通用する表現とは限らない。
熟語 | 音読み | 中国語読み | 備考 | |
---|---|---|---|---|
1.主述構造 | 雷鳴 | らいめい | léimíng | 述語を動詞とみなし「雷(かみなり)鳴(な)る」と訓読できる。 |
年長 | ねんちょう | niánzhǎng | 述語を形容詞とみなし「年(とし)長(たか)し」と訓読できる。 | |
2.補足構造 | 飲酒 | いんしゅ | yǐnjiǔ | 「動詞+目的語」の形(動賓構造)とみなし「酒(さけ)を飲(の)む」と訓読できる。 |
即位 | そくい | jíwèi | 「動詞+補語」の形とみなし「位(くらゐ)に即(つ)く」と訓読できる。 | |
3.修飾構造 | 美人 | びじん | měirén | 修飾語を形容詞、被修飾語を名詞とみなし「美(うつく)しき人(ひと)」と訓読できる。 |
月光 | げっこう | yuèguāng | 修飾語、被修飾語を名詞とみなし「月(つき)の光(ひかり)」と訓読できる。 | |
流水 | りゅうすい | liúshuǐ | 修飾語を動詞、被修飾語を名詞とみなし「流(なが)るる水(みづ)」と訓読できる。 | |
既知 | きち | jìzhī | 修飾語を副詞、被修飾語を動詞とみなし「既(すで)に知(し)る」と訓読できる。 | |
多読 | たどく | duōdú | 修飾語を形容詞、被修飾語を動詞とみなし「多(おほ)く読(よ)む」と訓読できる。 | |
4.認定構造 | 可憐 | かれん | kělián | 「可能の助動詞+動詞」の形とみなし「憐(あは)れむべし」と訓読できる。 |
被覆 | ひふく | bèifù | 「受身の助動詞+動詞」の形とみなし「覆(おほ)はる」と訓読できる。 |
並列構造
同等の語を並列させ、一つの語とするいわゆる「並列構造」は類義語によるものと対義語によるものの二つに大別される。
このうち類義語を並列させた構造は非常に数が多い。これは以下のような理由による。
漢語の本家である中国語において、一つ一つの単語は単音節的であり、1字が1語を表現する漢字は原則的に1音節の読みしかもたない。しかしその一方で中国語は古代のものに比べ、音韻がより単純なものへと徐々に変化していった。このような過程で1音節では語の弁別が困難になるという事態が生じ、その結果、並列構造の漢語は増加し続けてきたという[45]。現代中国語においては、例えば「みる、目に入れる」という意味の「看見(kànjiàn)」のように、類似した意味の漢字を二つ並べた表現は多い[註 7]。
日本語においても、例えば「製造」「製作」「造作」「創作」「創造」…といった漢語は、すべて「つくる」という意味だが、それぞれの有する微妙な意味やニュアンスの違いが区別されているという[46]。
熟語 | 音読み | 中国語読み | 備考 | |
---|---|---|---|---|
類義語の並列 | 身体 | しんたい | shēntǐ | 似た意味の名詞が2つ並列したものとみなし「身(み)と体(からだ)と」と訓読できる。 |
永久 | えいきゅう | yǒngjiǔ | 似た意味の形容詞が2つ並列したものとみなし「永(なが)くて久(ひさ)し」と訓読できる。 | |
把握 | はあく | bǎwò | 似たの意味の動詞が2つ並列したものとみなし「把(と)りて握(にぎ)る」と訓読できる。 | |
対義語の並列 | 山河 | さんが | shānhé | 2つの名詞を対照的に並列したものとみなし、「山(やま)と河(かは)と」と訓読できる。 |
東西 | とうざい | dōngxī | 反対の意味の名詞が2つ並列したものとみなし「東(ひがし)と西(にし)と」と訓読できる。 | |
美醜 | びしゅう | měichǒu | 反対の意味の形容詞が2つ並列したものとみなし「美(うつく)しきと醜(みにく)きと」と訓読できる。 | |
往来 | おうらい | wǎnglái | 反対の意味の動詞が2つ並列したものとみなし「往(ゆ)くと来(く)ると」と訓読できる。 |
その他の類型
その他の類型は以下に列挙する。
- 「林立(りんりつ、línlì)」などの語は「林(はやし)立(た)つ」のように主述構造に訓読できるが、「林のようにそびえたつ」と比喩の意味で解釈することの方が多く、修飾構造に分類される[47][48]。また、「口授(こうじゅ、kǒushòu)」は「口(くち)でもって授(さづ)く」のように訓読する。このように手段・道具・資格などを表すものも修飾構造に分類される[47]。
- 「毎事(まいじ、měishì)」は「事(こと)毎(ごと)に」と返読するが、この「毎」は「逐指語」と呼ばれる一種の指示語であり、修飾構造に分類される[49]。
- 「持久(じきゅう、chíjiǔ)」などの語は「持(ま)つこと久(ひさ)し」のように動詞を主語にもつ文として訓読でき、主述構造に分類できる[50]。
- 「多少(たしょう、duōshǎo)」が単に「多い」という意味になることがあるように、対義語を並列させた漢語の中には、一方の意味を強調するために相反する文字を並べるものがある。
- 「年年(ねんねん、niánnián)」のように同じ字を重ねた畳語は、並立構造とすることもあるが、多くは後述の連綿語の一種であるとされる。
- 「矯正(きょうせい、jiǎozhèng)」、「征服(せいふく、zhēngfú)」は、それぞれ「矯(た)めて正(ただ)す」、「征(う)ちて服(したが)はす」のように訓読される。このような熟語は並列型に分類されることもあるが、専門的には前の字が原因、後ろの字が結果となる因果関係、あるいは述語・補語関係を示すものと分析されており、「動補構造」と称することがある[48]。
- 「借用(しゃくよう、jièyòng)」(訓読は「借(か)りて用(もち)いる」)のように、複数の動詞句が連なっているとみなせるものは「連動構造」と呼び、並列構造と区別することがある。
- 「所得(しょとく、suǒdé)」は「得(う)る所(ところ)」と訓読する。特殊な補足構造の一種、あるいは認定構造の一種と解釈される。
- 「降雨(こうう、jiàngyǔ)」、「多雨(たう、duōyǔ)」などは、それぞれ「雨(あめ)降(ふ)る」、「雨(あめ)多(おほ)し」と訓読できるように、「述語+主語」のような構造になっているが、補足型に分類されることが多い[51][44]。このように存在・出現・消失などを表す熟語を「存現構造」などと分類することもできる。
- 否定語が前についた、「不動(ふどう、bùdòng)」、「不詳(ふしょう、bùxiáng)」、「未開(みかい、wèikāi)」、「非常(ひじょう、fēicháng)」、「無類(むるい、wúlèi)」、「勿論(もちろん、wù lún)」などは、それぞれ「動(うご)かず」、「詳(くは)しからず」、「未(いま)だ開(ひら)かず」、「常(つね)に非(あら)ず」、「類(たぐひ)無(な)し」「論(あげつら)ふ勿(な)かれ」と訓読され、いずれも補足構造(存現構造)もしくは認定構造のどちらかに分類可能である[52]。逆に「成否(せいひ、chéngfǒu)」[例 1]、「安否(あんぴ、ānfǒu)」[例 2]のように否定語が後にくる例もある。「否」は疑問を表す助辞なので、訓読は「成(な)るや否(いな)や」「安(やす)きや否(いな)や」のようになる。
- 後ろに文法的な虚辞のついた「決然(けつぜん、juérán)」、「欠如(けつじょ、qiànrú)」、「確乎(かっこ、quèhū)」、「卒爾(そつじ、cùěr)」などは訓読しづらい[48]。後述の「附加型」とみなすこともできる。同様に「昔者(せきしゃ、xīzhě)」の「者」、「冷却(れいきゃく、lěngquè)」の「却」なども虚辞とみなされることがある。
- 故事において象徴的な字を抽出してできた「矛盾(むじゅん、máodùn)」、「助長(じょちょう、zhùzhǎng)」、「白眉(はくび、báiméi)」などのいわゆる成語は特定の意味を持った俚諺や格言として引用されることが多い(#俚諺や格言としての熟語を参照)。またこれに関連して「演繹(えんえき、yǎnyì)」、「経済(けいざい、jīngjì)」など、近代に新漢語として造語された一部の熟語にも古い漢籍に出典がみられるものがある(#和製漢語と新漢語を参照)。一般にこういった語は熟合度(イディオム性)が高く、字面から意味を推測することが難しい。このような語こそが真の熟語であるという見方もある。
漢熟語の展開
白話・現代中国語における接辞
語調を整えるのみの音節も好んで表記する白話や現代中国語において、単独で単語にならない漢字も少なくない。このような漢字は一般に接頭辞あるいは接尾辞として扱うことができる。これに類する熟語を「附加型」などと総称することもある。
例えば白話や現代中国語においては、トラは「老虎(lǎohǔ)」、ゾウは「大象(dàxiàng)」と表記する。「老」「大」は語調を整える接頭辞を表現した漢字であり、「老いている」「大きい」という元の字義は失われている。
同様の接尾辞で代表的なものに「帽子(màozi)」における「子」などがある。「子」がつく語は「帽子(ぼうし)」のように日本語に流入したものも多い。「振子(ふりこ、しんし)」のように「子」を訓読みする語も存在する[註 8]。なお、「辛子(からし)」の「し」は日本語の形容詞「から・し」の活用語尾を語源としており、「子」の字はあて字である[53]。
なお、厳密には上記のように意味を失った接辞とは異質なものであるが[54]、正確性が重んじられる近現代の文章には、「弾性(tánxìng)」における「性」、「旧式(jiùshì)」における「式」、「真的(zhēnde)」における「的」など意味を附加させる漢字も多く用いられる。これらの漢字は抽象的な語彙を造語する上で便利がよく、日本語にもよく定着し、後述の新漢語(和製漢語)を造語する上でも多く模倣されている[55]。
3字以上の熟語と省略
以上のような漢熟語の構造は、原則的に3字以上の熟語に対してもよく適用することができ、複合規則が適用されれば際限なく長い単語を作ることができる(#熟語の複合も参照)。一方で、漢語は2字で安定するという性質があるため、長い漢熟語は2字の単位に分割できることが多い。例えば三字熟語は二字熟語に、意味を付加させる漢字を1字加えたものが多く[56]、四字熟語は、二字熟語を重ねたものが圧倒的である[57]。ただし、形式的には2字の単位に分割できるものでも、「顕微鏡」における「顕微」、「沖積平野」における「沖積」など、実際には日本語として単独で用いられにくい成分をもつ漢熟語の存在が指摘されることもある[58]。日本語の「国際」にいたっては、ほぼ完全に造語成分として機能する漢熟語であるという[58]。
また長い熟語は、2字ないし3字程度に省略されることもある。例えば「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう、liúxíngxìnggǎnmào)」は、しばしば「流感(りゅうかん、liúgǎn)」と省略される[59]。また、「青年」と「少年」を合して、「青少年(せいしょうねん、qīngshàonián)」とするなど、かばん語に類する形態をもつ語も存在する[3]。
連綿語と借用語
擬態語や借用語を表記する際には、1字1語の原則が崩れ、2字以上で表記されることがある。特に連綿語と呼ばれる擬態語や、梵語や西域諸言語に由来する借用語は、古くから漢籍に登場し、語彙として定着している。言語学者の林四郎は、このような漢字の配列を「癒着」と呼び、表記に漢字を使用する必要のない語として分類している[46]。
- 連綿語の例
- 堂堂(どうどう、tángtáng) - 完全畳語
- 朦朧(もうろう、ménglóng) - 畳韻語
- 髣髴(ほうふつ、fǎngfú) - 双声語
- 借用語の例
- 喇叭(らっぱ、lǎbā) - 梵語由来
- 葡萄(ぶどう、pútáo) - 西域諸言語由来
- 幾何(きか、jǐhé) - 西洋語由来(#和製漢語と新漢語を参照)
- 寿司(すし、shòusī) - 日本語のあて字由来(#和製漢語と新漢語を参照)
ぎなた読み
「すぐさま」という意味の「間髪をいれず」という成句は、「間不容髪」という故事がその由来であり、「かん・はつをいれず」と読むのが正しい。しかし、語句を区切るところを誤り、しばしば「かんはつ・をいれず」あるいは「かんぱつ・をいれず」のようないわゆる「ぎなた読み」をされるせいで、あたかも「間髪(かんはつ/かんぱつ)」という熟語が存在するかのように誤認されることが多い[60][61]。なお似た意味をもつ和製漢語に「間一髪(かんいっぱつ)」がある[62]。
和製漢語と新漢語
日本人が漢字の字音を組み合わせて独自に用いてきたいわゆる和製漢語は、自然発生的に生じた比較的古いものと、もっぱら近代以降に西洋の概念を表すため造語した新しいものの2種類に大別できる。
前者は、「悪霊(あくりょう)」のように漢字の字義を組み合わせて発生した語も存在するが、これに類する語はむしろ少数であり[63]、「世話(せわ)」(和語の「忙(せわ)しい」から)、「油断(ゆだん)」(和語の「寛(ゆた)に」から)のようなあて字から生まれたものや、「大切(たいせつ)」(「大(おほ)いに切(せ)まる」から)、「立腹(りっぷく)」(「腹を立てる」から)のように日本語の表現を字音語に転換したものなど、字義との関連が至極不透明な語が多く、熟語の構造として変則的なものが目立つ[14]。
後者は、中国に先駆けて近代化に成功した日本において、日本語の語彙で不足していた西洋における学術用語を翻訳するために新たに創作された語彙のことであり「和製新漢語」「翻訳漢語」などと総称されることもある。もちろん中国においても同様の新漢語(華製新漢語)は19世紀以降活発に生み出されており、和製新漢語と相互に影響を与え合っていたと考えられる[13]。
これらの和製新漢語の造語の方法としては、以下のようなものが挙げられる[64][55]。
- 漢籍から関連する語を引用する - (例)“deduction” → 「演繹」(朱熹『中庸章句序』の「更互演繹、作為此書」)
- 漢籍から得られる概念を抽出する - (例)“economy” → 「経済」(王通『文中子礼楽篇』の「皆有經濟之道、謂經世濟民」など)
- 華英辞書などで暫定的に漢訳された語(華製新漢語)を借用する - (例)“protection” → 「保護」
- 漢語式に音写する - (例)“蘭: lympha” → 「淋巴」
- 漢語式に直訳する - (例)“lead pencil”もしくは“独: Bleistift” → 「鉛筆」
- 漢語式に意訳する - (例)“beer” → 「麦酒」
- それでも適訳のない場合、ゼロから造語する - (例)“蘭: nerve” → 「神経」(「神気の経絡」から)
これらに属する語は、漢語の字義や造語規則によく合致しており、日本だけではなく、中国や他の漢字文化圏においても借用されているものが多い[13]。
一方で、これらの語は本来は西洋的な思想を表現する上で使用する言葉であり、その文脈についての深い理解がない限り、これらの語を十分に咀嚼することは難しいという。例えば、和製漢語である「概念」という語は、「概」と「念」という2字の字義を詮索しても、その内容を理解することは難しいと、哲学者・評論家の加賀野井秀一は指摘している[65]。
漢字制限政策による新語
日本では、第二次世界大戦前後にいわゆる「国語改革」を推進し、公文書や一般社会で用いる漢字を当用漢字の範囲に制限した影響で、「涜職」(とくしょく)、「梯形」(ていけい)など当用漢字外を含む熟語の代用として、「汚職」(おしょく)、「台形」(だいけい)などの新語が誕生した[66]。これらの新語は他の漢字圏では通用しない語も多く、いわゆる空似言葉として誤訳などを招きやすい語彙とされる[67]。
日本語の語彙体系としての熟語
和語の語構成
漢語が孤立語(分析的言語、analytic language)に分類される古い中国語を準用しているのとは対照的に、固有の日本語は膠着語、すなわち総合的言語(synthetic language)としての性格が強い。ゆえに複数の語の結合に助詞を伴うことの多い分だけ和語における複合語の語構成はかなり素直であり、文法的にある程度複雑な分析を伴う漢語と対照的である。例として漢字2字の結合で表記される和語の類型を以下に簡単に示す[68]。
例 | 漢字表記 | 備考 | |
---|---|---|---|
修飾構造 | ひなわ | 火縄 | 上の名詞「ひ(火)」が下の名詞「なわ(縄)」を修飾している。 |
おおくら | 大蔵 | 上の形容詞「おおきい(大きい)」の語幹が下の名詞「くら(蔵)」を修飾している。 | |
ひきがね | 引金 | 上の動詞「ひく(引く)」の連用形が下の名詞「かね(金)」を修飾している。 | |
並列構造 | のやま | 野山 | 名詞「の(野)」と名詞「やま(山)」を並列している。 |
おいなげ | 負投 | 動詞「おう(負う)」の連用形と動詞「なげる(投げる)」を並列して一つの語としている。活用は下の語に従う。 |
和語まで拡大した分類と心理言語学
日本語においては和語を含んだ語も熟語であると認識されている(漢字語)。しかし、和語同士の複合、和漢混淆語、一部の和製漢語、あるいは口語における新語などは、本来の漢字の結合規則からかなり外れていることが多い。
和語の漢字表記語は、日本語の語彙として「狼男(おおかみおとこ)」のように漢字間の関係が即座に理解できるものとは限らず、例えば「赤恥(あかはじ)」における「赤」などのように特殊な機能をもつ形態素も少なくない[69]。和語に限らず、字音語についても、「格段(かくだん)」のように読み下しが困難な語や、「横柄(おうへい)」のように語源を無視した用字の語の存在も厄介である[69][註 9]。
また用字が適切であったとしても、「酒造(しゅぞう)」などの語は、漢語文法的には「造酒」としなければ「酒を造る」という意味にならない[70]。「雰囲気(ふんいき)」などにいたっては、漢語文法の範疇ではほとんど解釈不能であるという(中国語では「気氛(qìfēn)」という)[71]。塩田雄大は、熟語の構成は日本語の語順に従うほうが伝わりやすいことを指摘している[72]。
このような熟語に関して、日本語話者が形態素文字たる漢字をいかに組み合わせるかという問題として研究されており、もっぱら認知心理学や心理言語学における語彙化(lexicalisation)の過程で説明されることが多い[73]。
例えば、「激」という漢字は「はげしく」という意味が意識され、「激写」「激白」「激愛」などという新語が次々とうまれつつある。このような造語性のある漢字は、心理言語学における「軸語」という用語と比較され、しばしば「軸字」などと称されることもある[74]。
熟語と辞典
非日本語話者が日本語の文章を読む際などに、ある種の熟語の存在がときとして障害となる場合がある。日本語の語について調べる際に通常用いるであろう、いわゆる国語辞典は、五十音など発音から語を探させるものが大多数であり、熟語の読み方がわからない限り、その語にたどり着くことが困難だからである。漢和辞典は、漢字を元に語を検索することが比較的容易であるが、本来の漢和辞典は中国典籍(漢籍)を根拠とした古い漢語の意味を説明することを目的としており、和語の漢字表記語や新漢語を調べるのには適さない。例えば、「おんなごころ」の漢字表記である「女心」はごく基本的な漢字のみを用いた熟語であるが、その読み方が分からなかった場合、国語辞典からこの語は見つけにくいだろうし、この語が純粋な和語であるため、漢和辞典でこの語を収録するものは少数であろう[75]。高島俊男は、漢和辞典は、日本語の辞典としても現代中国語の辞典としても扱いづらいものとして、妖怪「ぬえ」になぞらえている[76]。
註釈
- ^ 熟语、熟語
- ^ 复合词、複合詞
- ^ 合成词、合成詞
- ^ 骈字、駢字
- ^ 铅、鉛
- ^ 笔、筆
- ^ 「看見」の否定が「看不見kànbùjiàn」となるように、「看」と「見」の関係は文法的に必ずしも同等ではない。現代中国語においては、動詞の「看」に対して「見」は補語になっていると説明される(動補構造)。
- ^ 本来の和語に漢字をあてたものと考えられる。なお現代中国語では「擺(bǎi)」と一字で表記する。
- ^ 「おしから(押柄?)」の字音転化が本来の語源と考えられる。
- ^ 杞忧、杞憂
- ^ 卧薪尝胆、臥薪嘗膽
- ^ 温良恭俭让、溫良恭儉譲
- ^ 谚语、諺語
- ^ 俗语、俗語
- ^ 歇后语、歇後語
- ^ 成语、成語
用例
出典
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