トラクター 歴史

トラクター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/29 04:15 UTC 版)

歴史

トラクターが登場する以前は、動物が鋤を引いていた

農業用トラクターの登場と発展

アヴェリングの蒸気式トラクター
フォードソン・トラクターF型
初期の内燃機関式トラクターは、その外見の特徴に蒸気式トラクターとかなりの共通点を持っている。写真は1920年インターナショナル・ハーベスター社製のガソリンエンジン式トラクター。

畜力に代わる農業用の機械動力として欧米では19世紀初頭から据え置き式の蒸気エンジンが一般に販売されていたが、1850年頃までにボイラーが高圧化されていき、可搬式であっても充分な出力を得られるようなものが造られるようになった。

1859年にはイギリスのトマス・アヴェリング (Thomas Aveling, 1824-1882) が蒸気式トラクターを開発したが、安全面で大きな問題があり普及するには至らなかった[2]。蒸気機関は水を沸かして蒸気を発生させるまでに時間がかかること、燃料の石炭と水の供給が大変であること、出力に対する重量が大きいこと、また農村では火花が干し草や藁に燃え移る危険性があることなどから、アメリカでは1922年をピークに、農機具は蒸気機関から内燃機関式のものへ移っていくことになる[3]

最初の内燃機関式トラクターは、1892年アメリカ合衆国のジョン・フローリッチ (John Froelich, 1849-1933) が開発した[4]。このトラクターは16馬力のガソリンエンジンを備え、前進と後退が可能だった[5]。しかしフローリッチのトラクターは全く売れず、内燃機関式トラクターが最初に商業的な成功を収めるのは、フローリッチが去った後の1911年のウォータールー・ガソリンエンジン社によるトラクターの発売を待つことになる[6]。1918年にウォータールー・ガソリン社はディア&カンパニー社に買収され、1902年に誕生したインターナショナル・ハーヴェスター (International Harvester社と共にその後のトラクター業界を牽引していくことになる[7]

イギリスにおいても、1897年にホーンズビー・アークロイド (Hornsby-Ackroyd) がオイル燃焼式トラクターの特許を取得し、売り出した。イギリスで最初に商業的に成功したのは、1902年にダニエル・アルボーン (Daniel Albone) が開発した3輪式イヴェル・トラクターである。また1908年にはサンダーソンズが4輪式トラクターを発売し、一躍アメリカ以外では最大の製造会社になった。

内燃機関式トラクターの普及はなかなか進まなかったが、1910年代後半になると状況は一変する。流れ作業による大量生産を生かしフォード1917年に発売したフォードソン・トラクターF型 (Fordson Tractor model F) が、その価格と扱いやすさから爆発的な人気を博した。このフォードソン・トラクターF型は従来のトラクターと異なり、フレームを廃してエンジンのシリンダーブロックに他の機器を取り付けるという、現在のトラクターの構成とほぼ一致した構造をもっている。

フォードソン・トラクターはアメリカ、イギリス、アイルランドロシアで生産された。1923年にはアメリカ国内のトラクター市場で77%のシェアを得るに至った[8]。また、他の国のメーカーからも同様のトラクターが多数発売され、その結果、1920年代には内燃機関式のトラクターがトラクターの標準となった。

1922年にはインターナショナル・ハーヴェスター社がPTOを導入[9]1930年代には空気タイヤディーゼルエンジン、三点リンク(三点ヒッチ)、油圧によるドラフトコントロールの採用と、ほぼ現在のような形となった。

1951年、フェルッチオ・ランボルギーニは軍放出のモーリスから取り出した格安のガソリンエンジンを搭載したトラクターを販売していた。当時イタリアではガソリン価格が上昇していたため、ガソリンはエンジンの始動と暖気のみに使用し、運転時は安価な軽油で動かせるように排気熱で軽油を気化するシステムを開発し自社製品に搭載すると、燃料代が節約できると評判になり大ヒットとなった。これで財を成したフェルッチオはフェラーリを購入するが、自社のトラクターにも使っていたボーグ&ベック製のクラッチ板に10倍の値段が付いていることを知ると、スーパーカーをビジネスチャンスととらえ1963年にランボルギーニを創業した。

1990年代にドイツフェント英語版社(2021年現在ではアメリカのAGCO社のブランドとなっている)が無段変速機926 Varioという機種に採用して以降、ジョン・ディア等アメリカのトラクターメーカーでもCVTの利便性が認識され欧米製のトラクターでは急速に広まった。独特の道路事情によりCVTが乗用市販車に広く採用されている日本とは対照的な事例である。

履帯トラクターについては、アメリカのホルト(現・キャタピラー)が1904年に蒸気式のものを、1906年ガソリン式のものを開発している。このホルト社の履帯トラクターは当時としてはきわめて高い不整地踏破能力を持ち、折からの第一次世界大戦では軍によって重量物牽引に用いられ、そして戦車の開発母胎ともなった。 

日本における農業用トラクターの歴史

近年の日本国内における農業用トラクター台数の推移
日本のヤンマー製農業用トラクター

日本における農業用トラクターの導入は、1909年明治42年)に岩手県岩手郡雫石町小岩井農場が導入した蒸気式トラクターと、1911年(明治44年)に北海道斜里郡斜里町の三井農場に導入されたアメリカ・ホルト製の内燃機関式トラクターが、それぞれの日本初といわれている[10][11]。しかし、日本における農業機械の歴史は長らく歩行型耕耘機がそのほとんどを占めており、乗用型トラクターは1937年(昭和12年)に山岡発動機工作所(現・ヤンマーホールディングス)が開発・製造した国産初の乗用型トラクターとされる「ヤンマー乗用型トラクター[12]」を除き、第二次世界大戦後まで特殊な農場牧場で細々と用いられるだけにすぎなかった。

乗用型トラクターは、戦後、急速な歩行型トラクターの普及の後を追う形で普及していった。1950年昭和25年)、農林省が3台のファーモール製の乗用型トラクターを輸入し、各地の農業試験場で試験を行ったのを皮切りに、1952年(昭和27年)にはフォードソン、ランツ等の乗用型トラクターや、農業用トラクターとしても使用できる農業用ジープ[13]が輸入開始されている。

導入初期の輸入乗用型トラクターは10 - 20馬力級の小型が多かったが、1953年(昭和28年)の農業機械化促進法施行にあわせ、次第に大きなものに変わっていった。また、1958年(昭和33年)にはコマツWD50形、翌1959年(昭和34年)にはシバウラS17形、クボタT-15形など国産の乗用型トラクタも現れている。

1960年代以降は乗用型トラクターの普及が進み、1970年代には、当初の歩行型トラクターを利用した部分的機械化体系から、乗用型トラクターを中心とした一貫的機械化体系への進展が見られている。1974年(昭和49年)に337万台というピークを迎えた歩行型トラクターがその後減少に移るのに対し、乗用型トラクタの総数は1961年(昭和36年)の7000台から、その10年後の1971年(昭和46年)には26万7200台、1977年(昭和52年)には83万2200台と大幅な増加を見せている[14]。そして、当初の共同所有から次第に戸別所有へと所有の形態も変化していった。

乗用型トラクターは1990年214万台のピークに達し、2000年には歩行用トラクターは105万台、乗用型トラクター203万台[15]と近年の管理機や家庭菜園用を除いたトラクターとしては乗用型が主流となっている。その後は農業経営体の減少に伴い2015年に139万台と乗用型トラクターも減少傾向にある[16]

近年の動向

かつては、建設機械やスポーツカー同様、機能重視で乗り心地はほとんど重視されず、振動などがダイレクトに体に伝わるものが多かったが、乗り心地の悪さは疲労に直結するため、各社とも乗り心地の改善に力を入れている。

日本国内の動向として、農業基盤整備事業等による圃場の大規模化にあわせ大型化が進行したことがあげられる。100馬力強のトラクターも現在では珍しくなく、特に北海道では、200馬力級のトラクターが一部農家で導入される等、大型化と高出力化に拍車がかかっている。

また、近年の宇宙技術の進展により、GPS装置が農業分野でも用いられ始め、トラクターに強力なオンボードコンピュータが補助装置として組み込まれている場合も多々見られるようになった。

この技術を発展させ、企業規模の大規模農場において無人のトラクターが有人のトラクターと協調して耕作を行うような自動化を実現させるために、現在複数の企業および公的研究機関において研究が進められている。

2018年以降、国土交通省によりトラクターの公道走行に関する規制緩和が行われ、農耕トラクターに農作業機を装着・牽引したままで走行するために必要な条件が見直された[17][18]


注釈

  1. ^ 通常の小型特殊自動車の最高速度は15 km/hとされているが、農耕用小型特殊自動車に関しては、35 km/h以下と規定されている。また、35 km/h以上のスピードが出る農耕作業用自動車は大型特殊自動車となり、公道を走行する際は、車検が必要になる

出典

  1. ^ 藤原 2017, p. 3.
  2. ^ 藤原 2017, p. 16.
  3. ^ 藤原 2017, p. 18-19.
  4. ^ 藤原 2017, p. 20-22.
  5. ^ 藤原 2017, p. 22.
  6. ^ 藤原 2017, p. 22-23.
  7. ^ 藤原 2017, p. 23-26.
  8. ^ 藤原 2017, p. 32.
  9. ^ 藤原 2017, p. 36.
  10. ^ 『農業機械北海道』868号より。
  11. ^ 藤原 2017, p. 174.
  12. ^ 沿革 - ヤンマーパワーテクノロジー株式会社 - 2021年6月17日閲覧。
  13. ^ 1953ウイリスCJ-3Bファームジープ 乗り物ライター矢吹明紀の好きなモノ 2009年12月閲覧
  14. ^ 数字は、山下惣一 (1986) 『土と日本人―農のゆくえを問う』NHKブックス.、西尾道徳・西尾敏彦 (2005) 『図解雑学 農業』ナツメ社.より。
  15. ^ 藤原 2017, p. 188.
  16. ^ 2015年農林業センサス
  17. ^ 農作業機を装着・牽引して走行する農耕トラクタの規制緩和について”. 国土交通省 北海道運輸局. 2021年6月12日閲覧。
  18. ^ 作業機付きトラクターの公道走行について”. 農林水産省. 2021年6月12日閲覧。
  19. ^ 作業機付きトラクターの公道走行について農林水産省(2019年11月14日閲覧)
  20. ^ 「トラクター公道走行/作業機 灯火器増設も/日農工作成ガイドブック/車幅や免許 条件解説」『日本農業新聞』2019年10月30日(11面)
  21. ^ 国際トラクターBAMBA実行委員会 - 北海道開発局
  22. ^ トラクターBAMBA実行委が解散【更別】 - 十勝毎日新聞 2019年2月7日。北海道ニュースリンク





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