W・H氏への献辞
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シェイクスピアの生きていた時代に唯一出版された『ソネット集』は1609年の四折版だけで、「W・H氏」に献呈されている。この人物が誰なのかは謎で、多くの推測を生んでいる。 「T.T.(T・T氏)」は出版者のトマス・ソープ(Thomas Thorpe)の略だが、この献辞を書いたのがソープかシェイクスピアかはわからない。大文字とピリオドが使われているのは古代ローマの銘に似せることで、永遠性と重厚感を与えたかったのだろう。シェイクスピアもソネット55番の中でこのソネット集は石碑や銘のような俗世のものより長持ちすると述べている。 ソネット126番は美男子に向けられたものである。おおまかに言って、「W・H氏」の特定には2つの方向性があって、1つは「W・H氏」をその若者と同一人物と考えるもの、もう1つはまったく別人と考えるものである。 W・H氏の候補にあがっている人物には以下の人々がいる。 William Herbert - 3代目ペンブルック伯ウィリアム・ハーバートは、シェイクスピア作品の「ファースト・フォリオ」で献呈されていることから、最有力候補と見なされている。 Wriothesley, Henry - 3代目サウサンプトン伯ヘンリー・リズリーのイニシャルを逆さまにしたもの。サウサンプトン伯はシェイクスピアの詩『ヴィーナスとアドーニス』ならびに『ルークリース陵辱』を献呈されている。なお、サウサンプトン伯は美男子だったことで知られている。 William Harvey - サウサンプトン伯の義父サー・ウィリアム・ハーヴェイ。サウサンプトン伯を「美男子」とし、「W・H氏」を別人とする説で、ソネットを出版に提供したという意味での「生みの親」という理屈。 William Himself - ウィリアム本人、つまりシェイクスピア。ドイツの研究家D. Barnstorffの説だが、支持は得られていない。 W.S or W.Sh - シェイクスピアのイニシャルの単純な誤植とする説。バートランド・ラッセルが回想録でそれを暗示し、ドナルド・ウェイン・フォスター(Donald Wayne Foster)『Master W.H., R.I.P.』やジョナサン・ベイト(Jonathan Bate)『The Genius of Shakespeare』がそれを支持した。ベイトは「onlie(唯一の)」を「peerless(無比の)」「singular(非凡な)」と、「begetter(生みの親)」を「maker(作り手)」たとえば「writer(作家)」と読むとしている。 William Hall - ウィリアム・ホールは印刷屋で、ソープが出版した他の本を印刷したとされる。この説によれば、献辞は単にソープが同業者への敬意でしたことで、シェイクスピアは関係がないことになる。サー・シドニー・リー(Sidney Lee)が『A Life of William Shakespeare』(1898年)で主張し、B・R・ウォード大佐(Colonel B.R. Ward)が『The Mystery of Mr. W.H.』(1923年)で支持した。この説の支持者は、「Mr.W.H.」の直後に「ALL.」が続いて、続けると「Mr.W.H. ALL.」になることをその根拠としている。他にも、ソープがソネットの印刷を頼んだジョージ・エルド(George Eld)が出版したロバート・サウスウェル(Robert Southwell)の詩集を編集したウィリアム・ホールという説もある。3年前に「WH」と署名したハックニー(Hackney)のウィリアム・ホールという人物もいるが、それが印刷屋のウィリアム・ホールと同一人物かどうかはわからない。 William Hughes - 18世紀の研究者トマス・ティアウィット(Thomas Tyrwhitt)が駄洒落で「W・H氏」ならびに「美男子」はウィーリー・ヒューズ(Willie Hughes)なる人物であると言い出し、『ソネット集』の1790年版でエドモンド・マンロー(Edmond Malone)もこの説を繰り返した。オスカー・ワイルドの短編『W・H氏の肖像』(『アーサー・サヴィル卿の犯罪(Lord Arthur Savile's Crime and Other Stories)』に収録)で語り手というよりはむしろワイルドがソネットの中の「will」と「hues」の駄洒落から、ソネットはシェイクスピア劇で女性の役を演じていたウィリー・ヒューズなる魅力的な若い男優であると主張した。しかし、そのような人物が実在したという証拠はどこにもない。 William Haughton - ウィリアム・ホートン(William Haughton)は当時の劇作家。 William Hart - ウィリアム・ハート(William Hart)はシェイクスピアの甥で相続人。ハートは俳優で結婚はしなかった。 Who He - 2002年の『ソネット集』オックスフォード・シェイクスピア版で、コリン・バロウはこの献辞は意図的に不可解で曖昧であると主張して、当時のパンフレットで使われていた奇想「Who He(彼は誰)」という説をとっている。バロウは、献辞を書いたのはソープで、憶測と議論を呼び、それで売り上げを延ばすためだったとほのめかしている。
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