VAX版
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 08:46 UTC 版)
「Berkeley Software Distribution」の記事における「VAX版」の解説
1978年、UnixをVAXアーキテクチャに移植した UNIX/32V がバークレーのVAXにインストールされたが、これはVAXの仮想記憶機能を生かしたものではなかった。32Vのカーネルをバークレーの学生達が大幅に書きかえて仮想記憶を実装し、2BSDのユーティリティ群をVAXに移植したものと32V由来のユーティリティ群をまとめて完全なOSとしたものが 3BSD として1979年末にリリースされた。3BSDは、Virtual VAX/UNIX または VMUNIX (Virtual Memory Unix) とも呼ばれ、BSDのカーネルイメージは4.4BSDまで /vmunix と呼ばれるようになった。 3BSDに注目した国防高等研究計画局 (DARPA) は、バークレーの Computer Systems Research Group (CSRG) に資金提供することを決め、CSRGにDARPAの研究プロジェクトである VLSI Project のための標準Unixプラットフォームを開発させることにした。1980年、CSRGは3BSDに様々な改良を加えた 4BSD をリリースした。 4BSD(1980年11月)が3BSDに加えた改良としては、既にリリース済みだったcshでのジョブコントロール(英語版)、delivermail(sendmailの前身)、高信頼のシグナル、cursesライブラリなどがある。 4.1BSD(1981年6月)は、VAXの主要OSであるVMSに比べてBSDの性能が悪いという批判に応えたものだった。ビル・ジョイは4.1BSDカーネルがVMSといくつかのベンチマークで互角になるまで体系的に性能強化を施した。当初 5BSD と呼ぶ予定だったが、AT&Tが UNIX System V との混同を恐れて異議を唱えたため、4.1BSD となった。 4.2BSDはいくつかの大きな改修を行い、リリースまで2年以上かかった。4.2BSDがリリースされるまでに中間バージョンが3度リリースされている。4.1a はBBNの予備的なTCP/IP実装を導入している。4.1b はマーシャル・カーク・マキュージックが実装した Berkeley Fast File System を導入した。4.1c は4.2BSDの数カ月前にリリースされた中間バージョンである。 4.2BSDの設計方針を決定するため、DARPA は運営委員会を立ち上げた。委員にはUCBからボブ・ファブリー、ビル・ジョイ、サム・レフラー、BBNからアラン・ネメス、ロブ・ガーウィッツ、ベル研究所からデニス・リッチー、スタンフォード大学からキース・ランツ、カーネギーメロン大学からリチャード・ラシッド、MITからバート・ハルステッド、ISIからダン・リンチ、UCLAからジェラルド・J・ポペックが参加した。この委員会は1981年4月から1983年6月まで会合を開いていた。 4.2BSDは1983年8月に正式リリースされた。実は、リリース前の1982年にはビル・ジョイが大学を離れてサン・マイクロシステムズを共同創業している。その後はマイク・カレルズとマーシャル・カーク・マキュージックがプロジェクトリーダー的役割を果たした。また、4.2BSDのリリースと同時にジョン・ラセターの描いたBSDデーモンというマスコットもデビューした。最初の登場はUSENIXで配布されたマニュアルの表紙である。
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