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フレッド・ペリー

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/16 12:26 UTC 版)

フレッド・ペリー
Fred Perry
フレッド・ペリー
基本情報
フルネーム Frederick John Perry
国籍 イギリス
出身地 イングランド・ストックポート
生年月日 (1909-05-18) 1909年5月18日
没年月日 (1995-02-02) 1995年2月2日(85歳没)
死没地 オーストラリア・メルボルン
身長 183 センチメートル
利き手
バックハンド 片手打ち
殿堂入り 1975年
ツアー経歴
デビュー年 1936年
引退年 1956年
生涯獲得賞金 値なし
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝 (1934)
全仏 優勝 (1935)
全英 優勝 (1934-1936)
全米 優勝 (1933・34・36)
優勝回数 8(豪1・仏1・英3・米3)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝 (1934)
全仏 優勝 (1933)
全英 準優勝 (1932)
優勝回数 2(豪1・仏1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全仏 優勝 (1932)
全英 優勝 (1935・36)
全米 優勝 (1932)
優勝回数 4(仏1・英2・米1)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(1933-36)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(1934)

フレッド・ペリーFred Perry, 1909年5月18日 - 1995年2月2日[1])は、イングランドストックポート出身の男子テニス選手。フルネームは Frederick John Perry (フレデリック・ジョン・ペリー)。“イギリスのテニスの神様”として、今なお尊敬を集め続けている名選手である。4大大会でシングルス通算「8勝」を挙げた。1934年から1936年にかけて、地元のウィンブルドン選手権で大会3連覇を達成した。

彼以降永らくイギリス人男子が優勝出来なかったためウィンブルドン現象とまで言われるようになっていた。2013年、アンディ・マリーがウィンブルドンでイギリス人男子として実に77年ぶりの優勝となった。

キャリア

ウィンブルドン選手権会場にあるフレッド・ペリー像

1929年に第3回世界卓球選手権ブダペスト大会男子シングルスで優勝するなどペリーは最初は卓球選手として名声があり、20歳の時にテニスに転向した。ペリーが手本にした選手は、フランスアンリ・コシェ1901年 - 1987年)だった。やがてペリーはイギリスのテニス界の第一人者となり、1931年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップイギリス代表となる。1933年、ペリーはイギリスの「デイリー・テレグラフ」紙の評論家の選考による世界ランキングで2位に入った。この年の全仏選手権準々決勝で、ペリーは日本佐藤次郎(同ランキング3位)に敗れたことがある。

1933年全米選手権4大大会に初優勝を果たした時から、ペリーの最盛期が始まる。1934年には全豪選手権ウィンブルドン選手権全米選手権の年間3冠を獲得し、この年からイギリス人選手としてウィンブルドン3連覇の偉業を樹立する。初優勝の時は、前年度の世界ランキング1位だったジャック・クロフォードオーストラリア1908年 - 1991年)を 6-3, 6-0, 7-5 で破り、1935年1936年は2年連続でゴットフリート・フォン・クラムドイツ1909年 - 1976年)を圧倒した。

1935年全仏選手権で初優勝を飾ったペリーは、男子テニス選手として初めて4大大会のシングルス・タイトルをすべて獲得した選手になった。これは男子テニス史上初の「キャリア・グランドスラム」達成を意味する。正真正銘の「年間グランドスラム」は、3年後の1938年ドン・バッジアメリカ1915年 - 2000年)によって実現された。

1936年全米選手権優勝。グランドスラム優勝8回はリチャード・シアーズウィリアム・レンショーウィリアム・ラーンドを抜いてビル・チルデンに次ぐ歴代2位記録となった(当時)。 その後ペリーはプロテニス選手に転向する[1]1938年にペリーはイギリスを離れ、アメリカ市民権を取得した。第2次世界大戦の期間中はアメリカ空軍に勤務し、終戦後は実業家として生計を立てた。 ペリーは長年にわたってウィンブルドン選手権のラジオ放送解説を担当し、1975年国際テニス殿堂入りを果たす。ウィンブルドン選手権の会場内にあるペリーの銅像は、1984年に建立された。1987年7月4日にペリーはワシントン・アンド・リー大学から名誉法学博士号を授与された[2]。彼は1941年と1947年にワシントン・アンド・リー大学テニスチームのコーチをしていたことがある[3]

晩年はオーストラリアに定住し、1995年2月2日にオーストラリアのメルボルンの病院で逝去、85歳[1]。1月末、同市内のホテルに滞在中にろっ骨を折り入院していた[1]

ファッションブランド

フレッドペリーのポロシャツ

1952年、ペリーはロンドンで「フレッド・ペリー・スポーツウェア社」を設立した。このブランドは月桂樹のロゴで広く知られ、テニスウェアとしてだけではなく、1960年代にはモッズと呼ばれた若者にも好んで着られており、現在でも服飾ブランドとしての地位を固めている。

2020年9月、フレッド・ペリーの黒と黄色のポロシャツがアメリカ合衆国の極右グループ「プラウド・ボーイズ」の「非公式な制服」となったことを受けて、フレッド・ペリー社は同アイテムの北米全域での販売を停止し[4][5][6]、メンバーらには着るのをやめるよう呼びかけた。

卓球世界選手権

獲得メダル
卓球
イングランド
世界卓球選手権
1928 ストックホルム 男子ダブルス
1928 ストックホルム 混合ダブルス
1928 ストックホルム 男子団体
1929 ブダペスト 男子シングルス
1929 ブダペスト 男子ダブルス
1929 ブダペスト 男子団体
金メダル 1個; 銀メダル 1個; 銅メダル 4個獲得
  • 1928年ストックホルム世界卓球選手権: 男子ダブルス銀メダル、混合ダブルス・男子団体銅メダル
  • 1929年ブダペスト世界卓球選手権: 男子シングルス金メダル、男子ダブルス・男子団体銅メダル

記録

グランドスラム大会を1セットも落とさず「3連覇」
1934年から1936年のウィンブルドンで達成。
グランドスラムで連続セット獲得「62連続」
全米オープンで55セット連続勝利
1933年から1935年
グランドスラム大会で29連勝
1969–1970。歴代2位記録。

4大大会優勝

  • 全豪選手権 男子シングルス・男子ダブルス:1勝(1934年)
  • 全仏選手権 男子シングルス:1勝(1935年)/男子ダブルス:1勝(1933年)/混合ダブルス:1勝(1932年)
  • ウィンブルドン選手権 男子シングルス:3勝(1934年-1936年)/混合ダブルス:2勝(1935年・1936年) [大会3連覇]
  • 全米選手権 男子シングルス:3勝(1933年・1934年・1936年)/混合ダブルス:1勝(1932年)
大会 対戦相手 試合結果
1933年 全米選手権 ジャック・クロフォード 6-3, 11-13, 4-6, 6-0, 6-1
1934年 全豪選手権 ジャック・クロフォード 6-3, 7-5, 6-1
1934年 ウィンブルドン選手権 ジャック・クロフォード 6-3, 6-0, 7-5
1934年 全米選手権 ウィルマー・アリソン 6-4, 6-3, 1-6, 8-6
1935年 全仏選手権 ゴットフリート・フォン・クラム 6-3, 3-6, 6-1, 6-3
1935年 ウィンブルドン選手権 ゴットフリート・フォン・クラム 6-2, 6-4, 6-4
1936年 ウィンブルドン選手権 ゴットフリート・フォン・クラム 6-1, 6-1, 6-0
1936年 全米選手権 ドン・バッジ 2-6, 6-2, 8-6, 1-6, 10-8

4大大会シングルス成績

略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 '29 '30 '31 '32 '33 '34 '35 '36 W-L 勝率
グランドスラム 101–15 87.07
全豪 A A A A A W F A 9–1 90
全仏 A A 4R QF QF QF W F 22–5 81.48
ウィンブルドン 3R 4R SF QF 2R W W W 36–5 87.8
全米 A 4R SF 4R W W SF W 34–4 89.47
テニス4大大会男子シングルス優勝記録
順位 回数 選手名
1位 24勝 ノバク・ジョコビッチ *
2位 22勝 ラファエル・ナダル *
3位 20勝 ロジャー・フェデラー
4位 14勝 ピート・サンプラス
5位 12勝 ロイ・エマーソン
6位タイ 11勝 ロッド・レーバー | ビョルン・ボルグ
8位 10勝 ビル・チルデン
9位タイ 8勝 マックス・デキュジス | アンリ・コシェ | フレッド・ペリー | ケン・ローズウォール | ジミー・コナーズ | イワン・レンドル | アンドレ・アガシ
*は現役選手

出典

  1. ^ a b c d 朝日新聞大阪版夕刊 1995年2月3日 13面。
  2. ^ Wayback Machine”. web.archive.org (2014年5月19日). 2022年12月6日閲覧。
  3. ^ Ring-tum Phi, Washington and Lee student newspaper, and Calyx, Washington and Lee student yearbook
  4. ^ “Fred Perry stops selling polo shirt after it becomes associated with far-right group”. Sky News. (2020年9月28日). https://news.sky.com/story/fred-perry-stops-selling-polo-shirt-after-it-becomes-associated-with-far-right-group-12084253 2020年9月28日閲覧。 
  5. ^ Miller-Idriss, Cynthia (2019年8月29日). “Why does the far-right love Fred Perry? Mainstream fashion is its new camouflage”. The Guardian. https://www.theguardian.com/commentisfree/2019/aug/29/far-right-fred-perry-mainstream-fashion-camouflage-brands 2018年9月28日閲覧。 
  6. ^ Woolf, Jake (2017年7月11日). “Fred Perry Wants Alt-Right Bros to Stop Wearing Their Polos”. GQ Magazine. https://www.gq.com/story/fred-perry-wants-alt-right-bros-to-stop-wearing-their-polos 2020年9月28日閲覧。 

外部リンク


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