2014年のセレッソ主導
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「岡野雅夫」の記事における「2014年のセレッソ主導」の解説
Jリーグのチームと対戦の多い韓国・Kリーグや中国・超級リーグのチームを見てもいいブラジル人は少ないと感じていた岡野は、先述のようにクルピを含めたチーム内のブラジル人を一気に契約解除し、まずはセレッソで長年続いていたブラジル路線を変更。そして自らが選手補強や監督人事を主導。売り込みにきたランコ・ポポヴィッチを13年12月に監督として登用。更に14年6月、約3年間監督指揮経験のなかったマルコ・ペッツァイオリをポポヴィッチの後任監督として登用。8月には元ドイツ代表のカカウを、勝矢寿延強化部長を通さず独断で獲得している。 フォルラン獲得に沸くマスコミはセレッソを14年のリーグ注目チームとして取りあげ、評論家も順位予想では揃って上位に挙げた。シーズン序盤は大物選手効果が発揮され、平均入場者数はリーグ最多の2万8839人を記録するなど、観客動員・チーム成績ともに好調であったが、ACLではラウンド16で前年度アジアチャンピオン広州恒大を相手にトータルスコア2-5で敗退。リーグ戦でも、第5節の2位をピークに順位を右肩下がりに落とし、第18節には降格圏の16位まで転落。この時期にカカウを獲得して事態改善を図る。カカウは12試合で5得点、90分平均得点では0.7353とリーグ2位の活躍を見せるも、チームは好転せずJ2降格が現実味を帯びる。 11月21日、第32節の仙台戦前日に、今季かぎりの社長職辞任を発表。その時点での後任は未定。歴代のセレッソ社長の中でも4年の任期途中で辞任するのは初の事例となる。翌日には試合が行われる仙台で報道陣に対応。今後は拡大路線を継続できないであろうから、翌年は違う体制で違うステージを運営することが望ましい、と辞任理由を説明。突然の発表は成績不振が理由なのかという記者の質問には「シーズンが終わってからだと、結果がすべてのようになってしまうから」と引責辞任を否定。自身が行ってきたチーム編成については「フォルランをどう生かすかというきちんとした議論をクラブ内でしなかったという反省がある」と述べている。 発表当時のチーム状況は17位で、セレッソが仙台に負けて15位の清水が勝つと翌日に降格決定の可能性があった。実際にはセレッソが仙台と引き分けたため、第32節の降格決定はかろうじて免れる。しかし、翌週の第33節にセレッソは鹿島に敗れてJ2降格が決定。
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