1944年9月-12月 第十一海防隊とは? わかりやすく解説

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1944年9月-12月 第十一海防隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/14 13:40 UTC 版)

第三号海防艦」の記事における「1944年9月-12月 第十一海防隊」の解説

1944年9月3日モタ25船団護衛部隊3隻は高雄編成中のタマ25船団護衛割り当てられることとなり、高雄行き取りやめ基隆回航されることとなった本艦らはモタ25船団基隆まで送り届け4日高雄入港5日第一海上護衛隊隷下新編された第十海防隊に編入同日タマ25船団11隻)を護衛して高雄発。6日船団アメリカ潜水艦攻撃により損害出したため、東港退避8日引き続きタマ25船団護衛してマニラへ向け東港発。9日船団が再び損害出したため、本艦豊岡丸と満州丸遭難者救助し10日ラポッグ湾に退避11日ラポッグ湾を出港したが、ビサヤ諸島12日アメリカ艦上機空襲受けていたため、マニラ直行とりやめ13日スービック湾仮泊14日にはサンタクルス退避することとなった17日アメリカ艦上機によるビサヤ諸島対す空襲終わったためスービック湾へ向けサンタクルス出港し同日スービック湾入港18日に同湾を出港し同日マニラ到着した20日マタ27A船団(6隻)を護衛して高雄へ向けマニラ発。21日スービック湾沖でアメリカ艦上機空襲を受け、対空戦闘を行う。この空襲船団全滅してしまい、本艦戦死者2名を出し僚艦第5号海防艦被爆し沈没した同日残され護衛艦艇はサンタクルス退避その後22日サンフェルナンド23日ラポッグ湾と避泊を繰り返し26日高雄入港した29日タモ26船団(9隻)を護衛して基隆回航30日内地へ向け基隆発。 10月6日門司着。7日から18日まで呉海軍工廠入渠し、修理を行う。18日門司回航し、モマ06船団の編成を待つ。22日モマ06船団11隻)を護衛してマニラへ向け門司発。船団は2隻を失い1隻が離脱しながらも27日基隆入港し31日高雄着。 11月1日引き続きモマ06船団護衛してマニラへ向け高雄発。途中サブタン島サンタクルス経由し9日マニラ着。12日マタ32船団(3隻)を護衛して高雄へ向けマニラ発。14日アメリカ潜水艦群の攻撃受けて第7号海防艦鞍埼海軍配当第五雲海丸が相次いで撃沈され、残り艦船17日高雄入港した11月20日、第130号海防艦サンジャック在泊中)と第134海防艦(泗礁山在泊中)が第十海防隊に編入される23日タマ32A船団護衛してマニラへ向け高雄発。途中枋寮ムサラポッグ湾、サンフェルナンドで避泊を繰り返し30日マニラ着。 12月10日第一海上護衛隊第一護衛艦隊改編その他の12月中の行動不明

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1944年9月-12月 第十一海防隊

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第一号海防艦」の記事における「1944年9月-12月 第十一海防隊」の解説

1944年9月3日モタ25船団護衛部隊3隻は高雄編成中のタマ25船団護衛割り当てられることとなり、高雄行き取りやめ基隆回航されることとなった本艦らはモタ25船団基隆まで送り届け4日高雄入港5日第一海上護衛隊隷下新編された第十海防隊に編入海防隊司令海防艦指定され海防隊司令平野泰治中佐乗艦した。同日タマ25船団11隻)を護衛して高雄発。6日船団アメリカ潜水艦攻撃により損害出したため、東港退避8日引き続きタマ25船団護衛してマニラへ向け東港発。9日船団が再び損害出したため、10日ラボック湾に退避11日ラボック湾を出港したが、ビサヤ諸島12日アメリカ艦上機空襲受けていたため、マニラ直行とりやめ13日スービック湾仮泊14日にはサンタクルス退避することとなった17日アメリカ艦上機によるビサヤ諸島対す空襲終わったためスービック湾へ向けサンタクルス出港し同日スービック湾入港18日に同湾を出港し同日マニラ到着した20日マタ27A船団(6隻)を護衛して高雄へ向けマニラ発。21日スービック湾沖でアメリカ艦上機空襲を受け、対空戦闘を行う。この空襲船団全滅してしまい、本艦機雷長職執行以下戦死者4名を出し僚艦第5号海防艦被爆し沈没した同日残され護衛艦艇はサンタクルス退避その後22日サンフェルナンド23日ラボック湾と避泊を繰り返し26日高雄入港した29日海老原海防艦長喀血のため高雄入院同日タモ26船団(9隻)を護衛して基隆回航30日基隆臨時艦長乗艦させ出港10月6日門司着。7日から18日まで呉海軍工廠入渠し、修理を行う。18日門司回航し、モマ06船団の編成を待つ。22日モマ06船団11隻)を護衛してマニラへ向け門司発。船団は2隻を失い1隻が離脱しながらも27日基隆入港し31日高雄着。 11月1日引き続きモマ06船団護衛してマニラへ向け高雄発。途中サブタン島サンタクルス経由し9日マニラ着。12日マタ32船団(3隻)を護衛して高雄へ向けマニラ発。14日アメリカ潜水艦群の攻撃受けて第7号海防艦鞍埼海軍配当第五雲海丸が相次いで撃沈され、残り艦船17日高雄入港した11月20日、第130号海防艦サンジャック在泊中)と第134海防艦(泗礁山在泊中)が第十海防隊に編入される23日タマ32A船団護衛してマニラへ向け高雄発。途中枋寮ムサラボック湾、サンフェルナンドで避泊を繰り返し30日マニラ着。 12月9日、4隻を護衛して高雄発。10日第一海上護衛隊第一護衛艦隊改編11日マニラ着。以後12月中の行動不明

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