黄地花入菱花鳥文唐綾九条袈裟〈無本覚心所用/〉
主名称: | 黄地花入菱花鳥文唐綾九条袈裟〈無本覚心所用/〉 |
指定番号: | 2513 |
枝番: | 00 |
指定年月日: | 1987.06.06(昭和62.06.06) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 工芸品 |
ト書: | 永仁二年十二月十日の墨書銘がある |
員数: | 1領 |
時代区分: | 南宋 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 法燈国師無本覚心【ほうとうこくしむほんかくしん】(一二〇七-九八)の所用した袈裟である。覚心はわが国で禅宗が興隆しつつあった鎌倉時代中期に近畿地方を中心に活動した禅僧。建長元年(一二四九)に入宋し、帰国後は和歌山県由良の西方寺(現在の興国寺)を拠点に法燈派【ほつとうは】と呼ばれる臨済宗の一派をなした。弘安八年(一二八五)、京都北山の妙光寺の開山に迎えられている。 この袈裟は妙光寺に開山所用の料として伝来した伝法衣である。左脇下を大きく刳った禅宗特有の形状を示す九条袈裟で、一部修補がなされているものの、総体的に当初の姿を伝えている。田相部【でんそうぶ】は花入菱【はないりびし】と花鳥文を浮織【うきおり】で表した黄色の浮線綾【ふせんりよう】、縁【へり】・葉【よう】・四天【してん】などは椿唐草文を織り出した萌葱の綾を用いる。これらは文様表現に鋭く冴えた感覚を示し、特に椿の文様などは写実感のある特色が指摘される。中国から舶載された、いわゆる唐綾である。袈裟の環・絛の座と左縁に「入宋覚心」「仏法僧宝」「永仁二年十二月十日」の墨書がある。この墨書は覚心自筆の正応五年(一二九二)の重文・誓度院規式【せいどいんきしき】(和歌山県興国寺)と同筆と認められ、永仁二年(一二九四)覚心が八十八歳の時に自ら袈裟に記したものと知れる。わが国には中世禅家の伝法衣として伝わる袈裟が少なからず伝存しているが、この袈裟のように所用者が明確で、かつ年紀を有するものは稀少である。製作年代が限定される基準的な染織資料として、また鎌倉時代禅宗の法衣の様相を知る遺例として貴重である。 |
工芸品: | 鸚鵡形毯代 鸞天目茶碗 黄地牡丹蓮唐草文緞子胴服 黄地花入菱花鳥文唐綾九条袈裟 黄地菊桐紋付紗綾胴服 黄地蝶梅文様繍狩衣 黄瀬戸大根文鉦鉢 |
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