釘
『黒壁』(泉鏡花) 金沢市郊外の黒壁という深林幽暗の地に、摩利支天が祀られている。深夜、祠の前の1本杉に、男を怨む婦人たちが釘を打つ。杉をぐるりと1周すると、釘を抜き取った無数の傷跡が見える。ある三十女は、「巳の年巳の月巳の日巳の刻出生二十一歳の男子」の21文字を記した紙を、杉の幹に貼り附けた。女は毎夜、五寸釘を1本ずつ文字の上に打ち、21日かけて、すべての文字に釘を打ち込んだ。
*寺や神社に多数の釘を打つ→〔呪い〕3の『しんとく丸』(説経)。
『憶ひ出した事』(志賀直哉) 日清戦争(1894~95)の少し前、「私」が11歳の時。祖父が無実の罪(旧藩主毒殺の嫌疑)で拘留された。祖父を陥(おとしい)れたのは、「西」という男だった。祖母は怒り、2寸ばかりの釘で「西」の写真の顔へプツリプツリ穴を開け、金槌を持ち出して来て、写真を縁側の裏側に打ちつけてしまった。「私」は恐ろしい思いで見ていた。75日たって、祖父は帰って来た。「私」は祖母にことわって写真を取り捨て、やっと安心した。
★3.釘が抜ける。
『くぎ』(グリム)KHM184 町でお金を儲けた商人が、旅行カバンにお金を入れて馬に積み、自分もその馬に乗って家路に着く。下僕が「左の後足の蹄鉄の釘が1本抜けています」と知らせるが、商人は「急ぐから」と言って、そのまま馬を歩かせる。しばらく行くうちに蹄鉄が取れ、馬はびっこを引き、倒れて足を1本折ってしまった。商人はカバンを自分でかつぎ、てくてく歩いて夜中に家にたどり着いて、「こんなひどい目にあったのも、もとはといえば、あの釘1本のせいだ」と言った。急がばまわれ。
★4.釘を抜く。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第1巻第9章 青銅人タロスは、頸から踵まで延びているただ1つの血脈を持ち、血脈の終わりの箇所には、青銅の釘がはめこんであった。タロスは日に3度、クレタ島を駆け巡って番をし、近づいて来るアルゴ船に石を投げつけた。しかしメディアが、「不死にしてやる」と言ってタロスを欺き、踵の釘を抜いたので、神血(イーコール)がすべて流れ出て、タロスは死んだ〔*『アルゴナウティカ』第4歌には、釘の話はない〕。
『日本霊異記』上-30 膳臣(かしはでのおみ)広国は冥府を訪れ、亡妻や亡父が苦を受けるありさまを見た。亡妻の身体には、頭頂部から打ち込まれた釘が尻まで通り、額から打ち込まれた釘が後頭部まで通っていた。亡父の身体には、37本もの釘が打ち込まれていた〔*亡父はさらに、熱した銅の柱を抱かされ、鉄の杖で毎日、朝・昼・晩に3百段(たび)ずつ打たれていた〕。
『荒談』(稲垣足穂)「釘」 釘がどうしても抜けないので、大工が癇癪を起して、金槌で叩き込んでしまった。遠い所の病院で、ドクターが目を三角にして言った。「こんなことはあり得ない。この患者が持ち直したなんて、奇蹟というほかはない」。
『粗忽の釘』(落語) 大工とその妻が、長屋へ引っ越して来る。箒をかけるために長い釘を打ったが、柱ではなく壁に打ち込んだので、尖端が隣りへ突き抜けてしまった。大工が隣りへ謝りに行くと、仏壇の阿弥陀様の頭の上に、釘が突き出ている。それを見た大工は、「お宅はあそこへ箒をかけるんですか?」〔*「ここまで箒をかけに来るのは大変だ」というオチもある〕。
*竹の釘→〔竹〕5
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