観光イベントとしての太鼓祭り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/12 05:14 UTC 版)
「新居浜太鼓祭り」の記事における「観光イベントとしての太鼓祭り」の解説
新居浜太鼓祭りは、毎年十数万人の観客で賑わう。観客はピーク時と比べやや減少したが、依然として日本最大の観光行事である。このため、祭りを観光資源としてもっと活用しよう、マナーを改善しようとするスローガンは、昭和後期からある。しかし宗教行為としての側面もあるために行政が直接関わることは政教分離に抵触することから非常に難しく、このため観光イベントとしての協力や広報活動などを活発に行っている。 2007年には愛媛県、新居浜市、西条市及び関連の事業者・団体により、西条祭りとともに観光資源としてグレードアップを図ろうと、「えひめの祭り観光ブランド化モデル事業」が始まった。これは、全国に誇れる祭り(ポスター等においては、西条は「まつり」とひらがな表記)として情報発信の強化、都市圏域からの観光客数の増大、広域観光ネットワークの形成を狙いとし、入込客数を約30万人~約50万人にしようという構想である。それらの取り組みが、旅行会社による新居浜太鼓祭り見学ツアー商品化に繋がり、市外からの観光客増が期待されている。 また、新居浜太鼓祭りは各地の祭りやイベントに参加するなどPRに余念がない。1970年(昭和45年)に大阪府で開催された日本万国博覧会に参加したのを皮切りに、国内外を問わず太鼓台の派遣を行う。 さらに、開催日を従来の固定制から土日を含んだ週末開催に変更し、市外からの観光客の増加を図ろうとする議論がある。2008年(平成20年)は、多くの反対があるなか川西地区が週末開催を実行したが、以降は従来の日程に戻っている。 上部地区でも2011年(平成23年)に週末開催を実行したが、従来の開催日(10月18日)に行われる、氏神である萩岡神社の神輿渡御に参加を決定した岸之下と萩生西の2台を、中萩の運営委員会が除名するなど問題が残った。 しかし、どこの祭りにもあるように、祭りはその地域に住む人々で楽しむものだとの意見も根強い。それが一部の「喧嘩(鉢合わせ)は祭りの華」という考えにも結びついているのも事実であり、祭り観光化への批判(反対意見)も根強い。このように様々な声も多い中、高齢化問題や過疎化などの時代背景や全国的な流れを考慮・理解しながら、新居浜太鼓祭りも更なる観光推進へと向かおうとしている。
※この「観光イベントとしての太鼓祭り」の解説は、「新居浜太鼓祭り」の解説の一部です。
「観光イベントとしての太鼓祭り」を含む「新居浜太鼓祭り」の記事については、「新居浜太鼓祭り」の概要を参照ください。
- 観光イベントとしての太鼓祭りのページへのリンク