製油所および販売・精製設備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/21 23:29 UTC 版)
「朝鮮石油」の記事における「製油所および販売・精製設備」の解説
製油所は日本海側に面する咸鏡南道元山府浦下洞(現・江原道元山市場村洞)に建設され1936年(昭和11年)9月に完成した。輸入した外国原油を用いて揮発油、灯油、軽油、重油、パラフィンなどを製造。 朝鮮の石油市場は大正末期まで中国、満州などと同様に外国企業3社(スタンダード・シェル・テキサコ)で独占されていたが、昭和初期より日本石油が市場の開拓をはじめ販売店および特約店を設けて外国企業に対抗していた。日本石油は朝鮮石油設立後にこれら販売地盤を朝鮮石油に無償譲渡。朝鮮唯一の製油所で製造された商品は石油業法にて保護され外国企業製品にかわり朝鮮全土に普及した。 外油企業(ライジングサン・スタンダード)から抗議が出たほか、朝鮮石油と資本関係のない内地の石油企業(小倉石油・三菱石油)からも朝鮮石油保護政策により朝鮮内の販売割り当て等で自社に不利益が生じると抗議があり、一時期問題化した。 精製設備としては日本石油のNNC式分解蒸留装置などが採用された。また高級潤滑剤製造に必要となる溶剤精製の一種にフルフラール抽出法があるが、日本石油 下松製油所に同様の設備が設置されるよりもやや早くフルフラール抽出装置が竣工し内地よりも先に稼働、日本で1番目の事例となる。フルフラール抽出法は現在の国内でも主流の溶剤抽出法である。そのほか同じく溶剤精製であるバリゾール脱蝋や白土コンタクトリランなども設置されるなど内地の大手製油所と遜色のないレベルの設備が揃っていた。 1944年(昭和19年)10月28日、外地の台湾、朝鮮にも軍需会社法が施行、12月8日に第一次指定を受ける。
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