衣笠 (京都市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/11 04:58 UTC 版)
衣笠(きぬがさ)は、京都府京都市北区にある、衣笠山の東部および南麓一帯の地名。地域としては、公称町名に衣笠を冠する23の町のほか、等持院や小松原、平野、北野、大北山を冠する地域の全域あるいは一部なども含んだ、かつての葛野郡衣笠村の地域の一部、現在の衣笠学区と金閣学区のあたりを指す。
- ^ a b 人口・世帯については国勢調査区の北区第15区「衣笠」すなわち「衣笠学区」の値を掲示している。「金閣学区」(第16区「金閣」)を合した世帯数は9,742世帯、人口は19,282人である。また、旧衣笠村に相当する区域(第14区「大将軍」、第15区「衣笠」、第16区「金閣」)の世帯数は12,545世帯、人口は24,543人である。
- ^ 神奈川県横須賀市に在る衣笠山は、濁らずに「きぬかさやま」と読む。
- ^ 4月の第1日曜日に京都で一番早い春の祭りといわれる「北山お弓祭り」が行われる。
- ^ 旧葛野郡花園村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。このうち、大字谷口は「谷口」を冠称する5町と「龍安寺」を冠称する11町に編成された。 ※参考 : 京都市右京区の町名#旧花園村
- ^ 『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.52
- ^ 堂本印象美術館 企画展「KYOTOきぬがさ絵描き村―印象・平八郎・神泉・竹喬・華楊―」 - 立命館大学
- ^ 日本映画の祖ともいわれる牧野省三が撮影所をつくったのは、等持院表門(山門)を入った左側(西側)。現在は等持院所有の借地の閑静な住宅地になっている。『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.59
- ^ 京都市明細図NW89(京都府立京都学・歴彩館 デジタルアーカイブ(公開))
- ^ 京都市明細図NW90(京都府立京都学・歴彩館 デジタルアーカイブ(公開))
- ^ 『京都市明細図』は、立命館大学アート・リサーチセンターの近代京都オーバーレイマップにより閲覧可能。
- ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 26 京都府』 上巻、角川書店、1982年。ISBN 4-040-01261-5。「衣笠村」の項、516ページ。
- ^ “官報 1909年04月30日”. 2023年9月5日閲覧。
- ^ 林屋辰三郎、村井康彦、森谷尅久 編『京都市の地名』平凡社〈日本歴史地名大系27〉、1979年。ISBN 4-582-49027-1。「大北山村」「小山村・平野村」「等持院門前」「大将軍村」491-502ページ、「大将軍村」677ページ。
- ^ 『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年) p.51
- ^ 昭和4年3月29日京都市告示第80号
- ^ 京都市北区役所:リレー学区紹介-大将軍学区
- ^ 京都市北区役所:リレー学区紹介-金閣学区
- ^ 立命館 史資料センター - 立命館 史資料センター(2017年12月26日閲覧)
- ^ 『生徒会誌衣笠第十号』(衣笠中学校生徒会、1969年)P.4
- ^ 『京都市立衣笠小学校百周年記念誌』(衣笠小学校百周年記念事業委員会、1973年)p.43
- ^ 大五洋 衣笠幼稚園 - 学校法人大五洋(2012年11月11日閲覧)
- ^ 法人概要(大五京について) - 社会福祉法人大五京(2012年11月11日閲覧)
- ^ 法音寺 - 京都観光Navi(京都市産業観光局、京都高度技術研究所、2012年11月11日閲覧)
- 1 衣笠 (京都市)とは
- 2 衣笠 (京都市)の概要
- 3 概要
- 4 歴史
- 5 交通
- 6 脚注
「衣笠 (京都市)」の例文・使い方・用例・文例
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