第2世代レールバス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 14:10 UTC 版)
1970年代から、日本においてもモータリゼーションが進展、地方私鉄の乗客減少に拍車が掛かり経営難が深刻化する会社も出た。1982年に利用客の少ない私鉄向けに富士重工業がバスの構造を大幅に取り入れたLE-Carを開発し、国鉄の特定地方交通線が第三セクター化したことにより多くの鉄道で採用された。LE-Carの特長は総括制御運転が可能なことで、これまでのレールバスの弱点であった混雑時の連結運転が容易になった。当初開発された12メートル級の小型車に続いて15メートル級の中型車も追加されている。バスに準じた車体のため一般の鉄道車輛に比べ耐久性が劣ることは否めず、既に廃車となったLE-Carも多い。 新潟鐵工所(現在の新潟トランシス)もローカル線向けの気動車NDCシリーズを開発、LE-Carと同様第三セクター鉄道を中心に導入された。NDCシリーズはエンジンに船舶用を改良したものを搭載、車体も鉄道車輛工法、内装品にバス用品が併用されている程度なので、同様な構造の国鉄キハ32形気動車とともにレールバスに分類するかどうか意見が分かれている。 1990年代以降、富士重工業も車体を鉄道車両工法とした新型のLE-DCタイプが主流となり、LE-Carの製造を終了した。多少値段が高くても、バス構造より鉄道車輛構造の車体を選ぶ鉄道事業者も少なくない事が理由の一つとしてあげられている。 近江鉄道では、電化区間ながらコスト削減のためにLE-Carを導入したものの、車体の小さなLE-Carではラッシュ時に1両では乗客をさばききれず2両での運用が常態化し、結局10年で使用停止となって17m級の電車1両に戻された。このように必ずしもコスト削減に寄与するとは限らなかったのである。
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