真珠庵枡
主名称: | 真珠庵枡 |
指定番号: | 56 |
枝番: | 0 |
指定年月日: | 1990.06.29(平成2.06.29) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 歴史資料 |
ト書: | |
員数: | 2口 |
時代区分: | 室町 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 京都紫野、真珠庵に伝来する永正十八年(一五二一)、大永四年(一五二四)の刻銘を有する中世枡二口である。 永正十八年在銘の枡は、杉材で口縁部を欠しているが鉄釘の痕跡が認められることから金伏枡と考えられ、四周側面の外側には「真」「珠」「下」「用」、底裏面には「永正辛巳二月二日」の陰刻銘がある。 真珠庵文書によれば真珠庵領の年貢収納に際して金伏の下用枡を使用していたことが窺われることから、本枡は庵領の年貢収納に際して用いられた枡と考えられる。 大永四年在銘の枡は、檜材を用いた竹伏枡で、四周側面の外側には「真」「珠」「宣」「旨」(埋木を施し文字の下端部を残す)、底裏面には「大永四十一月日」の陰刻銘がある。 宣旨枡は、元来、後三条天皇の勅命によって延久年間に制定され、主に平安時代中期から鎌倉時代にかけて使用された公定枡で、南北朝時代から室町時代にかけて枡制度の紊乱により私枡化した。 文書、記録類によると、室町期に入り主に京都近郊の山科・御室、太秦の地域で、例えば太秦宣旨枡(永正十四年)、仁和寺宣旨枡(永正十七年)の名称のもとに年貢収納用の枡として使用されていたことが窺われる。 真珠庵文書には、宣旨枡に関する記載の他、年貢収納に際して宣旨枡が使用されていたことが知られる。 本枡もほぼ同時期の年紀を有していることから庵領の年貢収納などに際して用いられたものと考えられる。 中世においては各荘園、領主、あるいは社寺においても多種多様な枡を使用していたことが知られているが、その現存遺例は極めて少ない。 この真珠庵枡は、いずれも年紀を有し、その用途を明らかにする中世枡で、文書・記録にみえる中世寺院枡の具体的な遺例として、中世量制史、社会経済史研究上に貴重である。 |
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