盲人の治癒 (エル・グレコ、ニューヨーク)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/21 13:10 UTC 版)
スペイン語: La curacion del ciego 英語: Healing of the Man Born Blind |
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作者 | エル・グレコ |
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製作年 | 1570年ごろ |
種類 | キャンバス上に油彩 |
寸法 | 119.4 cm × 146.1 cm (47.0 in × 57.5 in) |
所蔵 | メトロポリタン美術館、ニューヨーク |


『盲人の治癒』(もうじんのちゆ、西: La curacion del ciego、英: Healing of the Man Born Blind) は、ギリシャ・クレタ島出身であるマニエリスム期のスペインの巨匠エル・グレコがキャンバス上に油彩で制作した絵画である。1978年にチャールズ・ライツマン夫妻から寄贈されて以来、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている[1]。本作を含め同主題の作品が3点あり、アルテ・マイスター絵画館所蔵の『盲人の治癒』はもっとも初期の画家のヴェネツィア滞在時に描かれ、パルマ国立美術館所蔵の『盲人の治癒』は後にローマで描かれたと思われる[2][3]。一方、本作の制作時期については諸説がある[2][4]が、所蔵先のメトロポリタン美術館では1570年ごろとしている[1]。
主題
イタリア時代のエル・グレコの作品の中で、対抗宗教改革運動との関係、そして透視図法を駆使した構図という視点から特に注目される主題として「神殿を浄めるキリスト」と「盲人の治癒」がある[4]。イエス・キリストが盲人の目を開くというこの奇跡の物語は『新約聖書』中の「マタイによる福音書」(20章29-34) を初め「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」に記述されている[2][4]。「盲人の治癒」は中世以来、写本の挿絵や彫刻作品に登場している[4]が、「盲目」とは本来、「不信仰」を、またその「治癒」により「光」を与えることは真の「信仰」の啓示を象徴することから、対抗宗教改革の時期になると、この主題には不信仰の人々、あるいはプロテスタントの教義によって盲目にされた人々をカトリックのローマ教会が真の信仰に導くという新解釈が与えられ、ローマ教会の強い支持を得ることになった[2][4]。
作品
同時代のイタリアで美術の研鑽を積んでいたエル・グレコにとって、この主題のように戸外で多くの人々が展開する場面を描くことは実験と試行錯誤の機会であったと考えられる[2]。本作を含む同主題の3作品は、画家が16世紀ヴェネツィア派の巨匠ティントレット、ティツィアーノから熱心に学び取った成果を表し、かつてはヤコポ・バッサーノ、ヴェロネーゼ、ティントレットの作品と見なされたこともある[4]。エル・グレコは、これらの作品で遠近法の欠如している故郷クレタ島のビザンチン美術の様式を放棄し、線遠近法によって特徴づけられる空間を用いている[3]。また、16世紀の建築書や古代ローマの浴場跡をモデルとした建築モティーフを背景に、左右2つの群像を描く構図は画家の3点の同主題ヴァージョンに共通である[2][4]。
メトロポリタン美術館の本作は、色彩、人物像の類型、絵具の扱いなどの点でヴェネツィア派、とりわけヴェロネーゼの影響を示している[1]。画面上部左側は未完成であるが、建築的背景は空間構成に対する努力を放棄する以前のエル・グレコの構図に典型的なものとなっている[1]。

この絵画は、パルマのヴァージョンを少し大きくした作品である[4]。パルマのヴァージョンの前に描かれたという見方がある[2]一方で、後に描かれたという見方もある[4]。後者の説を採用すれば、パルマの作品の中景で腰を降ろす男女の姿を適切な大きさに描き直し、キリストと盲人の姿をドレスデンの作品のように少し左に戻すことによって中央の空間を広げている。結果として、パルマの作品にある構図上の欠点を修正している[4]。しかし、何よりも本作において興味深いのは、画面手前の一段低くなった位置に、作品の主題とは無関係に横向きの男女が大きく描かれていることである。このような手法は、ミネアポリス美術館にある『神殿を清めるキリスト』にも見られ、マニエリスム特有のものとなっている[4]。なお、本作はエル・グレコがイタリアにいた時代の最後に描き、スペインに携行していったとする見解もある[1]が、スペイン到着後に描かれたという見解もある[4]。
脚注
- ^ a b c d e “Christ Healing the Blind”. メトロポリタン美術館公式サイト (英語). 2025年8月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g 大高保二郎・松原典子、2012年、18-19頁。
- ^ a b 『カンヴァス世界の大画家 12 エル・グレコ』、1982年、77頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l 『エル・グレコ展』、1986年、173-174頁。
参考文献
- 大高保二郎・松原典子『もっと知りたいエル・グレコ 生涯と作品』、東京美術、2012年刊行 ISBN 978-4-8087-0956-3
- 藤田慎一郎・神吉敬三『カンヴァス世界の大画家 12 エル・グレコ』、中央公論社、1982年刊行 ISBN 4-12-401902-5
- 『エル・グレコ展』、国立西洋美術館、東京新聞、1986年
外部リンク
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