桁の交換
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 02:44 UTC 版)
「荒川橋梁 (東北本線)」の記事における「桁の交換」の解説
荒川橋梁の架け替え当時、まだ新河岸川は橋梁より上流で荒川に合流していたが、改修工事により橋梁より下流にある岩淵水門付近での合流に変更された。この影響を受けて、流水路が次第に赤羽側に侵食してきて、プレートガーダー部の橋脚が洗掘されるようになってきた。特に1949年(昭和24年)のアイオン台風では16号橋脚が約6メートル洗掘され、大きな支持力がある地質部分の大半を失って、軟らかい粘土層の上に杭を打って立てられているだけの状態となってしまい、保安上危険であったため応急の対策工事が実施された。 恒久的な対策として、従来のトラス桁よりも赤羽側のプレートガーダーを3連分撤去して、新たに全長59.2メートルのトラス桁に架け替えることになった。これにより、第15号・第16号の橋脚は撤去し、新たにトラス桁が架かることになった第14号橋脚は一旦撤去した上で井筒を用いた基礎に更新することになった。工事は1951年(昭和26年)10月に着手し、まず撤去する第14号橋脚の両側のプレートガーダーを強固に接続して特別製のフィンクを装着して全長約40メートルのトラスガーダーに改築し、レールを使った仮橋脚で支えながら、1952年(昭和27年)2月までに第14号橋脚を撤去した。撤去した第14号橋脚の位置に、直径5.2メートル、長さ22メートルの円形井筒を2本、長径9.6メートル、短径6.6メートル、長さ22メートルの楕円形井筒を1本沈降させ、この上にボックスラーメン型の新14号橋脚を構築して1952年(昭和27年)5月中旬に竣功した。並行して脇に新しいトラス桁を組み立て、撤去する3連×複線の合計6連の鋼製プレートガーダー合計約210トンと、新しい全長59.2メートルの複線下路鋼製ワーレントラス桁約340トンを横移動させて架け替えを実施した。新しいトラス桁の設計活荷重はKS-18で、日中に4時間54分の線路閉鎖を行って架け替えを施工した。貨物線の桁交換は1952年(昭和27年)6月23日、旅客線(電車線)の桁交換は12月8日に実施された。新たに架設したトラス桁は横河橋梁と松尾橋梁による製作である。トラス桁の架設後、15号・16号の両橋脚が撤去された。桁交換の総工費は1億5940万円であった。
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