条野採菊とは? わかりやすく解説

条野採菊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/08 00:18 UTC 版)

条野採菊

条野 採菊(じょうの さいぎく、1832年9月24日天保3年9月1日) - 1902年明治35年)1月24日)は、幕末から明治中期の、東京の、戯作者ジャーナリスト・実業家・作家・劇評家。本名は条野伝平。号に山々亭有人(さんさんていありんど)・採菊散人・朧月亭・朧月亭有人・弄月亭有人など。鏑木清方の父。條野とも書く。

生涯

家は日本橋長谷川町(現・日本橋堀留町2丁目)の地本問屋だった。本郷三丁目の呉服屋伊豆倉の番頭を務めるかたわら、17歳頃から五代目川柳こと水谷緑亭に弟子入りし、頭角をあらわした。伊豆倉の顧客の老中阿部正弘に文才を認められて可愛がられ[注釈 1]、また、年長の戯作者、松亭金水梅亭金鵞仮名垣魯文らと交わった。

三遊亭円朝河竹其水も会員の三題噺の会『粋狂連』を、魯文と組織し、1863年(文久3年)、共輯の『酔興奇人伝』[2]を出版した。

1860年(万延元年)(28歳)、人情本『春色恋廼染分解』(しゅんしょくこいのそめわけ)[3]を上梓した。 合巻も書いたが、為永春水松亭金水染崎延房と下る人情本の系列の人だった。

1868年(慶応元年)4月(36歳)、福地源一郎創刊の『江湖新聞』に広岡幸助・西田伝助と参画したが、佐幕的編集のゆえに翌月廃刊を強いられた。1869年の『六合新聞』も、第7号で終わった。

1872年(明治5年)3月、西田伝助、落合幾次郎と、東京初の日刊紙、『東京日日新聞』を発刊した。その4月、三条の教憲が出たときは、『今後真面目に書く』旨の答申書『著作道書キ上ゲ』を魯文と提出した。以降、東京日日新聞を編集発行するかたわら、『近世紀聞』(初編)・『東京町鑑』・『和洋奇人伝』など、固い本を出した。

1880年(明治13年)から東京府会議員を務めた。

1884年(明治17年)10月(52歳)、西田伝助と、東京日日新聞社から『警察新報』紙を発刊したが[4]、部数が伸びなかったので、代わりに1886年10月、娯楽主体の『やまと新聞』を創刊し、作品を連載した。1889年には『新小説』の創刊に関わり、そこに創作を載せもして、作家に復帰した。

1889年(明治22年)(52歳)から神田区会議員、1892年から神田区会議長だった。その11月、三遊亭円朝・五代目尾上菊五郎三遊亭円遊田村成義らを集めて、百物語を主宰した[5][6]

歌舞伎の台本も書いた。新聞社の劇評家仲間の長老で、1890年、東京日日の新人記者の岡本綺堂が、採菊に面倒を見て貰ったと言う挿話がある[7]。採菊には、嘗ての職場の新米記者だった。

『やまと新聞』社長を辞した翌1902年(明治35年)、心臓衰弱により没した。70歳。『清高院晋誉去来採菊居士』。墓は谷中霊園にある。

妻(鏑木)婦美との間に三人の男子を得た。長男は官吏、次男は商人だった。三男が鏑木清方である。

主な文業

西欧の小説の本も出したが、採菊は外国語を解さなかったので、それらは福地桜痴の翻訳を下敷きにしたと想像されている[8]

原著

行末の ( ) 書きは、出版の西暦年次、或いは年月日。

  • 『春色恋廼染分解』(人情本)、文鱗堂(1860)
  • 『池園物語』(合巻)、板元不詳、(1862)
  • 『源平桜の五所染(しろくれない --)』(合巻)、片ばみ屋米次郎(1863)
  • 仮名垣魯文と合輯:『酔興奇人伝』、寶善堂(1863)
  • 『春色江戸紫』(人情本)、板元不詳、(1864)
  • 『近世侠義伝』、伊勢屋喜三郎(1865)
  • 『三人於七花暦封文』(合巻)、板元不詳、(1866)
  • 『春色玉襷』(人情本)、板元不詳、(1868)
明治維新
  • 『鶯塚千代廼初声 2 - 4編』(人情本)、片ばみ屋米次郎(1869)
  • 『唐詩作加那(とうしざかな)、金松堂(1869)
  • 『漢語都々逸』(学習書)、松林堂(1870)
  • 『漢語図解』(語学習書)、文玉堂ほか(1870)
  • 『柳蔭月朝妻』(合巻)、紅英堂(1870)
  • 『藪鶯八万不知』(合巻)、板元不詳、(1871)
  • 三遊亭円朝作・採菊序:『今朝春三組杯』、青盛堂(1872)
  • 『近世紀聞 初編』、金松堂(1873)[第2編以降は染崎延房
  • 『阿玉ヶ池櫛月形 初編』(合巻)、紅英堂(1874)[第2、3編は染崎延房
  • 『室町源氏胡蝶巻 22 - 24編』(合巻)、紅英堂(1874)
  • 『郭雀小稲出来秋(さとすずめ --)』(人情本風)、やまと新聞連載(1886.10 - )
  • 『折枝の梅が香』(翻案)、やまと新聞(1887.3.24 - 1877.6.4)
  • 『八重桜奈良の古跡』(人情小説)、やまと新聞(1887.6.10 - 1887.7.29)
  • 『とりかへばや』(現代小説)、新小説(1889.1 - 1889.7)
  • 『千金の涙』(台本)、歌舞伎新報(1889.11)
  • 『思の家』(遊郭悲恋物語)、文芸倶楽部、(1895.8)
  • 『依田の苗代』(台本)、太陽(1897.9)
  • 『昔の初春』(江戸の回想)、日出国新聞(1901.1.1 - )
『日出国新聞』は、やまと新聞の1900年11月 - 1904年12月の紙名[9]
  • 『見聞逸話』(江戸の回想)、新小説(1901.1、3、12)
  • 岡鬼太郎、岡本綺堂と共作:『金鯱噂高浪』、歌舞伎座で上演(1902)

近年の改版

  • 『近世紀聞 初編』、(「『明治文学全集1 明治開化期文学集(一)』、筑摩書房(1983)」所収)
  • 『酔興奇人伝』、(「『日本近代思想大系18』、岩波書店(1988)ISBN 9784002300184」所収)
  • 『未味字解・漢語都々逸・漢語図解』、(「『明治期漢語辞書大系5』大空社(1995)ISBN 9784756800923」所収)
  • 『落語』、(「『落語の愉しみ』、岩波書店(2003)ISBN 9784000262989」所収)

注釈

  1. ^ 今紀文と呼ばれた細木香以が後援者の一人であった[1]

出典

  1. ^ 野崎左文『増補私の見た明治文壇1』平凡社、2007年、136頁。 
  2. ^ 『日本近代思想大系18』岩波書店、1988年。 
  3. ^ 春色恋廼染分解. 初,2-3編 / 朧月亭有人 作 ; 国富 画早稲田大学図書館
  4. ^ 土屋礼子『大衆紙の源流』世界思想社、2002年、250頁。 
  5. ^ 一柳広高、近藤瑞木 編『幕末明治 百物語』国書刊行会、2009年。ISBN 9784336051202 
  6. ^ 山本笑月『明治世相百話』〈中公文庫〉1983年、78頁。 
  7. ^ 岡本綺堂『ランプの下にて』〈岩波文庫〉1993年、155頁。 
  8. ^ 土谷桃子:『採菊の西洋小説の翻案』
  9. ^ 国会図書館:やまと新聞

出典

外部リンク


条野採菊(じょうの さいぎく)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 07:38 UTC 版)

文豪ストレイドッグス」の記事における「条野採菊(じょうの さいぎく)」の解説

猟犬」の一人で超五感により万物把握する無明の王。標的秘密を「聴く尋問達人。右耳に耳飾り付けている。盲目両目閉じているが他の感覚人間離れして優れており、他人心拍聞きその心理状態まで察することが出来る。常に丁寧な口調物腰穏やかだが、「他人いたぶる他に楽しみを知らない」と語るように、相手の痛い所を的確に突いて心理的に追い詰めることに長けており、態と相手嬲り焦りを楽しむ悪癖がある。元は犯罪組織幹部で、6年前に聴覚異能見込んだ福地勧誘されて「猟犬」に加入した14巻で客に紛れて競馬場太宰逮捕した個性的な隊員ツッコミ役になることも多く、特にマイペース末広に対しては一番嫌い、今すぐ死んでほしいとまで言っている。但し、「うずまき」に来店しマスターモンゴメリ達の行き先聞き出そうとした際は、マスターを後僅かの所まで追い詰めるも、末広に足を刺され窘められ彼に先にマスターの口を割らせることになってしまった。

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