文学的出発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 05:08 UTC 版)
「マルグリット・ユルスナール」の記事における「文学的出発」の解説
ニースにいる時にバカロレア第一部古典語コースに合格。1921年に対話体の詩「イカロス」などを含む詩集『キマイラの庭』を自費出版、この時にペンネーム「Marg Yourcenar」を用いた。1922年から小説『渦』の執筆を始め、その後原稿は破棄されるが、後の作品『死者が馬車を導く』の萌芽が含まれていた。1924年にイタリアのヴィラ・アドリアーナを訪れ、『ハドリアヌス帝の回想』の着想を得て執筆を始めるが、この原稿も破棄された。1926年、父の再婚とともにスイスに住み、当時流行していた通俗的な伝記の影響で、古代ギリシアの詩人ピンダロスの伝記的な研究を執筆し1932年に刊行された。1928年に『ジュネーヴ評論』誌に評論「ヨーロッパ診断」を発表。1929年にローザンヌで父ミシェル死去、前年に執筆していた小説『アレクシス あるいは空しい戦いについて』を刊行。グラッセ社の審査委員である作家アンドレ・フレニョーの支持により、1931年『新エウリディケ』を刊行。1932年の『ピンダロス』で初めて「Marguerite Yourcenar」のペンネームを使った。 1935年からギリシャにしばしば滞在、冬はパリで過ごし、イスタンブール、イタリア、中央ヨーロッパなどにも滞在し、ギリシャ、バルカン諸国、インド、中国、日本などを題材にした作品集『東方綺譚』を執筆した。
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