幕末の三筆とは? わかりやすく解説

幕末の三筆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 05:38 UTC 版)

三筆」の記事における「幕末の三筆」の解説

江戸時代終わりから、書のみを生業として生活する専門家いわゆる書家登場したが、江戸時代末から明治時代初期活躍し多く書家唐様影響与えた市河米庵巻菱湖貫名菘翁の3人を幕末の三筆と呼ぶ。幕末のときに唐様学んだ書家文人僧侶らの書が多く遺っているのはこの影響である。 江戸市河米庵門弟は、大名僧侶庶民に至るまで5,000人いたといわれ、近代書家嚆矢位置づけられる。越後国生まれた巻菱湖江戸赴いて書を教授し、後に子弟10,000人を越え米庵上の流行をみた。菱湖の手本は200種にも及び、それが近代初頭習字教科書の手本に引き継がれたことから、近代習字教師の祖といえる江戸時代中期までの唐様は、宋以降の書を学んだ書風で、根が浅く趣味以上を出ない軽薄な書に終わっていた。しかし、中期から書法研究進み、晋唐の書風提唱する者があらわれ、その古典遵守する復古思想により、格調の高い質実な書を創り出した。その代表が貫名菘翁で、王羲之系譜の書を体系的に学習しており、その気品含めて日本書道史に類例見ない書を遺している。ここに日下部鳴鶴が、「我が邦の三筆三跡以後第一霊腕」と称揚した理由がある。翁の書には晋唐書忠実な学書三筆三跡への深い教養満ちており、米庵菱湖の書の水準はるかに抜けている。 『五仙騎五羊』(右幅、巻菱湖筆) 『五仙騎五羊』(左幅、巻菱湖筆) 『景幽佳兮足真賞』(市河米庵筆)

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