宗教性に関する反応
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/19 10:08 UTC 版)
「ランドマーク・フォーラム」の記事における「宗教性に関する反応」の解説
ランドマークを宗教やカルトだと考える人もいる。ランドマークを批判する人は、洗脳、マインドコントロール、一貫性のない神秘主義、金儲けのためのご都合主義であるとし、カルトの実践と結びつけ、高額なコースに参加するようプレッシャーをかけており、値段の割に価値がなく、非道徳的なニヒリズムで、搾取的な催眠技法、心理的なマルチ商法だと考えている。 同社は宗教団体やその分派ではなく、単なる教育団体であると強く主張しており、ランドマークをカルトと呼ぶ人々を脅したり訴えたりしている。 Karin Badtはハフィントンポストで、勧誘などの問題もあるが「最終的に、フォーラムは無害で、カルトでも急進的な宗教でもなく、行動や変容を適当に強調する、人を鼓舞し楽しませる自己反省の良いテクニックの紹介であると気づいた(別人に変わるわけではないが)」と述べている。 2004年にフランスのテレビチャンネルのフランス3は、調査番組シリーズPièces à Convictionの「新しいグルへの旅(Voyage Au Pays des Nouveaux Gourous)」というランドマークの特集を組み、非常に厳しい批判を行った。ほとんどの撮影は隠しカメラで行われ、ランドマークのコースとオフィスが写されていた。加えてこの番組は、元コース受講者、アンチ・カルトの立場の人、コメンテーターのインタビューが含まれていた。番組が放送され、労働基準監督官がボランティア活動を注意しに訪れると、ランドマークはフランスを去り、2004年にフランスの政治家Jean-Pierre Brardをこのドキュメンタリーへの出演で訴えた。 過去と現在におけるその人の信念が自己の成長を妨げているというランドマークの主張は、伝統的な宗教の信者にとって信仰が妨げとなっているという意味とも言え、ランドマークに懸念を抱く人もいる。神谷光信は、キリスト教の立場から、参加者がトランスフォーメーション(人生の質の転換)という次元で満足し、興味が自分の内面に向かい、神に向かわない、信仰に興味を持たなくなる可能性を示唆している。キリスト教の伝道師ボブ・ラルソンは、エスト(フォーラム)は、自分を神とするセオリーを持っており、これは禅仏教と同じであると批判している。一方、伝統宗教の関係者にはランドマークのプログラムを公に認めている人もおり、キリスト教関係者で、参加してより信仰心が深まったという肯定的な報告もある。 学者による宗教性に関する分析は次節を参考のこと。
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