宋・元時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/11 23:14 UTC 版)
907年、節度使の朱全忠の謀反で唐が滅ぼされ、五代十国という群雄割拠の戦乱の時代に入った。960年に北宋の太祖趙匡胤によって戦乱は平定され、次の太宗の時代に中国全土が統一される。宋の時代は絵画の黄金期であり、文人画の影響で花鳥画と山水画がひとつのジャンルになり、文様にも現れた。また宋は陶磁器の黄金期でもあり、白磁・青磁などが焼かれた。宋の陶磁器は形と色の美しさを追求したために、文様は浅い浮彫などで控え目に表現されるが、周辺を飾る蓮弁文や牡丹唐草が文様として挙げられる。しかし、磁州窯で焼かれた「黒花」と呼ばれる焼き物には、自由な筆致と創意あふれた多くの文様を見ることができる。唐代以前の文様と宋代の文様を比較すると、宋の文様の特色が表れてくる。唐代までは神仙の物語や説話、故実など物語を扱い、草花鳥虫を文様に扱うときも余白を飾るものとして形式的に使われていた。しかし宋代になると描く対象を真実に表現しようとする態度が表れる。宋以降に折枝文がよく描かれるのも、自然の感じを損なうことなく意匠とすることができるからである。宋の時代は白磁・青磁に代表されるように形や色が洗練され、素文の美しさという一つの頂点を築いたが、その後、元・明・清と時代が下がるにつれて再び文様の種類も増えて装飾過剰になっていく。元・明・清はそれぞれに文化を担う民族が変化したのにもかかわらず、文様は断絶することなく受け継がれてひとつの流れとして発達した。元時代は「青花」という青一色の染付陶器が焼かれ、文様の種類も飛躍的に増えた。器の周辺部を飾る唐草文・波濤文・蓮弁文のほか、主文として山水・人物・花鳥・草虫・魚藻など幅広い文様が描かれるようになった。 北宋時代の錦 青磁花瓶(青磁下蕪形花生)、北宋 青花蓮池水禽文盤 青花瓜竹葡萄文盤 元 上海博物館 青花魚文稜花盤 大英博物館 青花龍文象耳大瓶・元
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