大森分店
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「白木屋 (デパート)」の記事における「大森分店」の解説
1929年(昭和4年)2月開店。 大田区(旧大森区)大森北1 大森駅東口。設計:石本喜久治。 。 1937年(昭和12年)1月20日に一旦閉店して地元鶴屋に出資して株式会社鶴屋とし、建て替え工事を行って増床、白木屋が鶴屋と賃借契約して入居した。 この2代目店舗は隣接地に映画館を併設する構想だった。1938年(昭和13年)7月、映画館部分が鉄骨使用が禁じられて木造建築となるなど統制による影響を受けながら建設され、大森映画劇場兼店舗として使用された。 第2次世界大戦中は、統制経済のもと1942年(昭和17年)3月19日に軍需物資を生産していた日本光学工業(現・ニコン)に3階4階を貸室として供出することとなり同社の本店と設計が入居、1943年(昭和18年)10月には全館供出となったため、1944年(昭和19年)3月入新井地内に店舗を移転させた。 第2次世界大戦後は1945年(昭和20年)11月に、GHQに丸の内の本店ビルを接収させられた東京海上火災保険が、当ビル所有者の株式会社鶴屋の株を日本光学から全株買取り、ビル名を大森東海ビルディングとして本店部門を入居させた。株式会社鶴屋はその後、東海興業株式会社と改称していたが、1946年(昭和21年)11月、東京海上は東海興業から建物を買い取った。白木屋は訴訟を起こして1950年(昭和25年)、裁判所から東京海上の立ち退き命令を出してもらった(出典なし。裁判記録なし)。東京海上は大手町に自社ビルを1950年(昭和25年)11月に完成させ大森本店は退出、移転した。東京海上は大森営業所以外の大半を賃貸に出したので白木屋は明治生命などとともに賃借(「東京海上八十年史」)、大森店として営業を再開させた。「東京海上日動ビルディング#大森東海ビルディング・東京海上ビルディング別館」も参照
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