基本転写装置の調節
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/17 05:05 UTC 版)
「長鎖ノンコーディングRNA」の記事における「基本転写装置の調節」の解説
ncRNAはRNAP IIによる全ての遺伝子転写に必要とされる、基本転写因子を標的とする場合もある。こうした基本転写因子には、プロモーター上で組み立てられる開始複合体の構成要素や、転写伸長に関与するものが含まれる。DHFR遺伝子の上流のマイナープロモーターから転写されたncRNAはメジャープロモーター内で安定なRNA-DNA三重鎖を形成し、転写コファクターTFIIB(英語版)の結合を阻害する。真核生物の染色体には数千のRNA-DNA三重鎖が存在しており、こうした遺伝子調節機構はプロモーターの利用の制御のために広く利用されている手法である可能性がある。また、U1 ncRNAはTFIIHに結合してRNAP IIのC末端ドメインのリン酸化を促進することで転写を誘導する。対照的に7SK ncRNA(英語版)は、HEXIM1(英語版)/2(英語版)とともに、P-TEFbによるRNAP IIのC末端ドメインのリン酸化を防ぐ不活性複合体を形成することで転写伸長を抑制し、ストレス環境下での伸長反応を全般的に抑制する。こうした例は、個々のプロモーターごとに特異的な調節様式を回避し、遺伝子発現全般に迅速な変化をもたらす手法となっている。 こうした迅速に全般的変化をもたらす能力は、ノンコーディング反復配列の迅速な発現においても明らかとなっている。ヒトのSINEの1種であるAlu配列やそれに類似したマウスのB1、B2エレメントはゲノム中に最も豊富に存在する可動性エレメントとなっており、それぞれヒトのゲノム約10%、マウスゲノムの約6%を占めている。こうしたエレメントは熱ショック(英語版)などの環境ストレスに応答してRNAP IIIによってncRNAとして転写され、RNAP IIに高い親和性で結合して活性のある開始前複合体の形成を防ぐ。その結果、ストレスに応答して遺伝子発現の広範かつ迅速な抑制が行われる。 AluのRNA転写産物の機能的配列の解析からは、このncRNAが明確なモジュール構造を持ち、いわばタンパク質のような転写因子としての機能を持つことが明らかとなりつつある。Alu RNAには2つの「アーム」が存在し、そのそれぞれが1つのRNAP II分子を結合するとともに、それに加えて2つの調節ドメインがin vitroでRNAP IIによる転写の抑制を担っている。これら緩やかな構造をとる2つのドメインはB1エレメントなど他のncRNAに連結することで、それらに抑制効果を付与することもできる。Alu配列や類似した反復配列が哺乳類のゲノム中に多く広く分布しているのは、進化の過程でこうした機能的ドメインが他のlncRNAに取り込まれたことが理由の1つである可能性がある。機能的な反復配列ドメインの存在は、Kcnq1ot1(英語版)、Xlsirt、Xistなどの既知のいくつかのlncRNAに共通した特徴である。 熱ショックのほかにも、ウイルス感染などの細胞ストレス時や一部のがん細胞でSINE(Alu、B1、B2など)の発現は増加しており、同様に遺伝子発現の全般的変化を調節ている可能性がある。AluやB2 RNAのRNAP IIへの直接的結合は、転写を幅広く抑制する機構となる。しかしながらこの全般的応答には例外があり、熱ショック遺伝子など誘導が行われている遺伝子の活発なプロモーターにはAluやB2 RNAは存在しない。こうした個々の遺伝子を全般的抑制から除外する階層的調節にもまた、HSR1(heat shock RNA 1)と呼ばれるlncRNAが関与している。哺乳類細胞中でHSR1が不活性状態で存在しているかに関しては議論があるが、HSR1はストレスに際して活性化され、熱ショック遺伝子の発現を誘導する。この活性化には温度上昇に応答したHSR1のコンフォメーション変化が関与しており、それによって転写アクチベーターHSF1(英語版)との相互作用が可能となり、HSF1は三量体化して熱ショック遺伝子の発現を誘導する。これらは、AluやB2 RNAが遺伝子発現を全般的に抑制する一方で、他のncRNAが特定の遺伝子の発現を活性化するという、ncRNAによる入れ子状の制御回路の例を示している。
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