取組に関するエピソード
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2001年5月場所~7月場所は、場所と十両⇒幕内を跨いで13連勝した事がある。 2003年7月場所4日目、増健との対戦で十両以上では初となるつきひざで勝利を収めた。 東十両2枚目だった2007年5月場所では、7日目の対嘉風戦で、後ろもたれという珍しい決まり手で勝利を収めた。また、12日目では幕内の玉春日に勝利した際には、懸賞金を取らずに土俵を降りてしまうという珍事を演じた。 2007年の夏巡業においては、横綱の朝青龍の不在の影響を懸念してのテレビを通じてのファンサービスをという各局の企画なのか、連日のように、熱気と歓声に包まれる巡業風景や力士たちやその家族にインタビューする様子が、テレビ朝日やフジテレビの夕方のニュース番組で放送されていた。 後に式秀部屋の弟子となる千昇とは1度対戦経験がある。西十両11枚目の地位で迎えた2009年1月場所11日目に、西幕下4枚目の千昇と対戦し、寄り切りで白星を挙げている。 皇司と対戦する事が多く北桜の16勝8敗だった、隆の鶴とも対戦する事が多く7勝7敗と互角だった、春日錦とは相性が悪く5勝10敗だった。
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取組に関するエピソード
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2005年11月場所の13日目を最後に引退した、幕内有数の人気力士である元関脇琴ノ若の現役最後の対戦相手となった。しかし、駿傑は彼を立合いでいなし、わずか3秒3で送り出したため、琴ノ若は「そりゃあないよ。もう少し取りたかった」と落胆していたという(ただ駿傑側としては前頭13枚目で3勝9敗と苦しく、幕内残留に向けて内容には拘っていられない状況であった)。 2007年3月場所7日目の取組で、立合いの際に待ったとなったが、それに気付かなかった対戦相手の白乃波が頭からぶちかまし、駿傑の鼻に当たり鼻から流血した。すでに制限時間一杯となっていたが、あまりにも流血が酷かったため、九重審判長の判断で鼻血が止まるまで仕切りを中断することになった。しかし、何度もタオルで拭っても流血は止まらず、最終的には鼻にティッシュペーパーを詰めて相撲を取ったが、白乃波の両手突きに遇い、応戦すら出来ずにあっけなく押し出されて敗れている。また、この際に駿傑の鼻骨がずれており心配されたが、13日目に勝ち越しを決め結局8勝7敗で場所を終えた。
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