動物を狩猟した時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/20 22:18 UTC 版)
「日本列島の狩猟採集時代の食事」の記事における「動物を狩猟した時代」の解説
群馬県の岩宿遺跡で更新世のローム層から旧石器時代の石器が発見された。岩手県の花泉遺跡では約2万年前のハナイズミモリウシ(野牛)、原牛、ヤベオオツノジカ、ヘラジカ、ナツメジカ、ナウマンゾウ、ノウサギなどの化石が大量にまとまって発見された。これらの化石の骨は石器で切るなどした解体痕がある。また研磨して先端を尖らせた骨角器と、敲石と思われる使用痕のある石器も発見された。これらから花泉遺跡は狩猟による動物を解体し食肉を得たキルサイトと考えられている。また長野県の野尻湖底に位置する立が鼻遺跡も約4万年から2万4000年前のナウマンゾウとヤベオオツノジカを主としたキルサイトと考えられている。東京都の野川遺跡などからは礫群や配石(置石)が発見されている。礫群は焼けたこぶし大の石が数十から百個ほど1ヶ所にまとまったもので、動物質の有機物が付着したものも発見されている。礫群は食肉を焼くのに用いたと考えられている。また木器や樹皮などによる容器に水や食品と共に礫群の焼け石を入れ煮るのに用いたとも考えられている。当時の日本列島は大部分が亜寒帯性の針葉樹林が広がっていて、植物性の食品は乏しく漁撈も未発達なため、ビッグゲームハンティングと呼ばれる大型哺乳類を主とした狩猟に依存した生活だったと考えられている。哺乳類などの動物はフグなどの毒のあるものが少なく、内臓や筋肉、皮膚や脂肪や血液、骨髄や脳髄など、骨や毛などを除けば、大部分が可食部である。寄生虫や微生物など病原体の問題もあるが、生でも食べることができる。レバ刺しや膾、カルパッチョやユッケやタルタルステーキのような料理や、火が使える状況であれば礫群などを利用して、石焼や蒸し焼きやホルモン焼きなどの焼肉のような料理が考えられている。またさいぼしやジャーキーなどのように干肉にして保存食にしたとも考えられている。骨や角や歯などは骨角器に、毛は繊維や毛皮として用いたと考えられている。
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