創業から多店舗化・多店化へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/25 06:12 UTC 版)
「東京ストアー」の記事における「創業から多店舗化・多店化へ」の解説
1959年(昭和34年)5月に金沢市片町で箕田能昌が創業したのが始まりである。 1965年(昭和40年)9月に法人化し、金沢市の食品スーパーの草分け的存在として地域密着型の小型店を次々と出し、人口約45万人の金沢市を中心とする商圏は周辺を合わせると60万人以上の人口を抱える北陸随一の市場を当社やマルエーなどの地場スーパーが独占し、石川県内大手の老舗スーパーとして最盛期の2001年(平成13年)3月期には石川県内17店舗で約182億円の売上高を上げた。 生鮮品の品質に定評があったほか、豆腐製造会社やパン製造会社といった自社で扱う食品の製造会社を設立したり、人気の地場レストランとドレッシングの独自商品を開発したほか、残留硝酸態窒素量の平均値など人体に有害とされる物質の含有量も含めた野菜の安全性のデータ表示を他社に先駆けて始めるなど「価格は少々高めだが、品物がいい」との評価を得ていた。 また、自社で扱う食品の製造会社だけでなく美術品販売会社なども設立したほか、バブル期の1990年前後に中国との貿易事業を手掛けるなど多角的な経営を進められた。 2000年(平成12年)1月には日本のスーパーとしてはいち早くネットスーパーに進出し、生鮮品を中心に販売を行っている。
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