列福までの道のり
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1997年、テレサの死後すみやかに列福・列聖調査がはじめられた。通常は死後5年を経ないと始めることはできない規定だが、テレサの場合は生前から聖女の誉れが高かったことと、彼女の業績を極めて高く評価していたヨハネ・パウロ2世が前倒しを強く求めたため、例外的に5年を待たずに始められたのである(この例外は、2005年4月に逝去した当時の教皇ヨハネ・パウロ2世自身にも適用された)。 マザーの列福のために報告され、後日、奇跡として認められた事例に、非カトリックのインド人女性モニカ・ベスラの治癒がある。1998年、モニカは34歳の時、腹部の腫瘍を患い病んでいた。すぐに手術しなくてはならない危険な状態であったが、ひどい貧血症も患っていたために手術は不可能であった。彼女はマザー・テレサの死去した翌年の9月6日に、神の愛の宣教者会が経営する「死に行く人のための家」の礼拝堂に赴いた。「礼拝堂に入ると、マザー・テレサの写真が目に入り、あたかも一条の光が私に向って飛び出してくるように感じました。シスターが私のためにお祈りをしてくれて、私は眠りにつきました。朝、目覚めると、腫瘍が消えていたのです。」とモニカは語っている。 その突然の完全な治癒は医師たちを驚かせ、その後にその医師たちは自分たちの診断が間違っていなかった事を示すためのあらゆる必要な証拠を提出した。治癒のあとで、腫瘍を検査するためにした小さな外科手術の跡さえも見つからなかった。立ち会った医師は「これは私の医師としての人生で出会ったもっともすばらしい経験の一つです」と言う。西ベンガル州シリグリのR.N .Bhattacharya医師は、腫瘍は7か月の胎児と同じ大きさだったと証言する。 列福のための正式な手続きは、2001年の8月にカルカッタ(現・コルカタ)司教区の特別委員会が報告書を取りまとめ、ローマ教皇庁列聖省に提出している。この報告書は重病や貧困に苦しむ人々に対するマザーの献身的活動や、列福に値することを示すため、マザーに対するとりなしの祈りによる奇跡的行為なども盛り込まれており、ページ数は35,000ページにも及ぶ。 列福・列聖には通常、対象者の死後数十年かかるが、マザーの献身的活動が生前から世界中の尊敬を集めてきたことなどにより、1999年、ヨハネ・パウロ2世は手続きを早める特例を認めた。 2003年10月19日、ヨハネ・パウロ2世はテレサを列福し、福者であると宣言した。通常は本人の死後、福者の認定を受けるまで少なくとも数十年の審査が必要とされている現状を考えれば、死後6年での列福というのは異例の早さであった。
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