企画の終焉と活動終了
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/15 02:33 UTC 版)
マスメディアでの露出が増え、周囲が熱を帯びてきたのと反比例するように『芳賀ゆいプロジェクト』は徐々に平静さをみせ、熱気を冷まし始めていた。これ以上盛り上げることも、また、リスナーの手から離れることも不本意であるとの意見が多く、「ひとときの祭りのような『芳賀ゆいプロジェクト』で完結させたい」とする意見が圧倒的であった。それらの意思を汲んで、その終焉を迎えるためのアイディアも、それまで通りリスナーから募集し、企画終了へ向けて動き出していた。そして、芳賀ゆいは芸能活動を休業し、留学するというものになった。 「アイドルといえばキョンキョン様」という伊集院の友人の言葉がきっかけとなり、『なんてったってアイドル』にあやかって、スキャンダルの一つもあったほうがリアリティーが出ていいのでは?という話が進んだ。写真週刊誌「FRIDAY」に『伊集院光との密会現場』とされるツーショット写真を、お遊び企画として掲載して貰った(記事の末尾にもフィクションである旨を記載された)。 「エピローグが欲しい」ということで、『未確認アイドルを見送る、未確認イベント』を最後のイベントとし、大団円を迎えようという案が出た。しかし、芳賀ゆいが留学するのは10月ということに決定しており、9月で終了する番組としては、伊集院はもとより、スタッフも現場に立ち会わない、その模様を放送する予定もない非公式なイベントである旨を明言し、「それでも終焉を自分の目で見届けたい人は集まって」と告げた。 1990年9月で伊集院はANNの担当を降板、それに伴い『芳賀ゆいプロジェクト』も幕を閉じた。 1990年10月11日13時25分、羽田発の中華航空17便にて台湾に留学する芳賀ゆいを見送るため、30人前後のファンが集まった。しかし番組で決められた通り『心の中で「ゆいちゃん、頑張れ」や「ふ〜ん・・」と思うだけ』の趣旨を守った、実に静かなイベントであった。飛び立つ飛行機に向かって思い思いに心の中で声援を送り、中には『星空のパスポート』をつぶやくように歌ったり、そっと手を振る人もいた。もちろんその飛行機に関係者は誰一人搭乗していない。 後日談として、リスナーが集まっている現場に立ち会わないと明言していた伊集院とスタッフ数名が、羽田空港のラウンジで飛行機を見送っていたという目撃情報が一部であった。しかしリスナーの間では「『未確認情報』としておく方が、『未確認アイドル』の終焉のエピソードに相応しい」としている。 1995年、伊集院がTBSラジオの「深夜の馬鹿力」に移動した当初、類似した企画「豚頭麗香」が放送されている。
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