主題歌・東京行進曲
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作詞西條八十、作曲中山晋平、唄佐藤千夜子。本作以前の日本においてもヒット曲映画化作品は多くみられたものの、はっきりと映画主題歌として作られた楽曲としては日本で最初の成功例とされ、「日本の映画主題歌(映画とタイアップした曲)の第1号」とみなされている。映画公開の1か月前、1929年(昭和4年)5月1日にビクターレコードから発売され、25万枚を売り上げた。B面曲は『紅屋の娘』。レコード品番は50755-A(東京行進曲)、50755-B(紅屋の娘)。 モボ・モガが行き交う昭和初期の開放的な銀座の風俗が唄われている。ただし、西條自身は詩の内容について「不合理に膨張した経済生活の下に乱舞してゐる浮華な現代の首都人の生活のジャズ的諷刺詩」と言っており、原作とは関連をほとんど持っていなかった。 1番の歌詞で「ダンサーの涙雨」となっているところは初め「彼女の涙雨」だったが、中山の注文により書き直された。 4番の「いっそ小田急(おだきゅ)で逃げましょか」という歌詞から「小田急(おだきゅ)る」という言葉が当時流行った。その時、小田急の重役がレコード会社に「『東京行進曲』の製作責任者を出せ!」と怒鳴り込んできた。当時小田急はまだ通称で、「小田原急行鉄道」が社名であったため、略された上に「駆け落ち電車」とは何事だ、ということである。その後社名が正式に小田急電鉄に改称されると、「会社の宣伝になった」ということで、西條八十は小田急電鉄から終身有効の「優待乗車証」が支給された。4番の「シネマ見ましょか お茶飲みましょか いっそ小田急で逃げましょか」の部分は、西條の原案では「長い髪してマルクスボーイ 今日も抱える『赤い恋』」だった。しかしレコード会社はこの歌詞が当局を刺激することになのではと警戒し、西條に頼んで書き直してもらった結果、小田急が登場したのだという。 1998年11月21日にビクターエンタテインメントからシングルCDとして再発。カップリングはオリジナルと同じく『紅屋の娘』を収録しているほか、両曲のカラオケも収録されている。
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