万内川十号堰堤
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| 文化財としての特徴 | 万内川流域では、明治35年の粟立山の大崩壊により多量の土砂が流出し下流の西野谷地区で大きな被害をうけました。このため、砂防事業として大正15年に着手し、現地の石を利用した手作業による空石積構造であったが、昭和初期の被災により練石積に補強しており、現在でも周囲の景観ともよく調和し、また、砂防機能も維持しています。 | 
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万内川十号堰堤
| 名称: | 万内川十号堰堤 | 
| ふりがな: | ばんないがわじゅうごうえんてい | 
| 登録番号: | 15 - 0150 | 
| 員数(数): | 1 | 
| 員数(単位): | 基 | 
| 構造: | 重力式石造及びコンクリート造堰堤、堤長42m、堤高3.5m、下流両側護岸及び副堰堤付 | 
| 時代区分: | 大正 | 
| 年代: | 大正15頃/昭和8頃改造 | 
| 代表都道府県: | 新潟県 | 
| 所在地: | 新潟県妙高市大字西野谷 | 
| 登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの | 
| 備考(調査): | |
| 施工者: | |
| 解説文: | 万内川中流域,前後の砂防堰堤と120m程の間隔で設けられる。下流側法勾配2分,上流側法勾配5厘,堤高3.5mの小勾配の低堰堤。地滑り区間内で低堰堤を連続して設けるという模範的計画を端的に示し,建設以前頻発していた山の崩壊や土砂の流下を断つ。 | 
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