一柳氏とは? わかりやすく解説

一柳氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/22 13:35 UTC 版)

一柳氏(ひとつやなぎし)は、武家華族だった日本氏族河野氏の庶流と伝える美濃国出身の氏族で、一柳直末直盛兄弟が豊臣秀吉に仕えて大名となった。江戸時代初期には直盛の3人の子が大名となるが、そのうち2家(伊予小松藩、播磨小野藩)が大名として明治廃藩置県まで残り、華族の子爵家に列した。


注釈

  1. ^ 土岐氏ともされ、一柳家の家伝では土岐頼芸[6]
  2. ^ 『寛政譜』によれば、家祖の稲葉通貞(法名塩塵。一鉄の祖父)は河野通直(刑部少輔)の四男という[13]
  3. ^ 旧小野藩は現米5280石(表高1万石)で現米5万石未満の旧小藩に該当[22]
  4. ^ 旧小松藩は現米4830石(表高1万石)で現米5万石未満の旧小藩に該当[22]
  5. ^ 『芸藩輯要』にはこれに相当する人物の記載はない。
  6. ^ 貞吉が記すところの「宗家」当主。1933年時点では樺太で農場経営をおこなっていた。
  7. ^ 著名人としては、天文学者の一柳寿一を一柳末晴の系統と推測する[33]。元衆議院議員の一柳仲次郎[34]や音楽家の一柳信二[34]一柳慧の父)の名も挙げているが、関係性は不明である。
  8. ^ 『一柳家記』によれば、「祥斎」の孫にあたる初代「一柳太郎兵衛」が大坂の陣において豊臣方で参戦、戦後は柴島村の法華寺にいた大伯父の僧侶了泉を頼り、帰農して二重新家村を開拓した。中島大水道を開削したのは2代目の太郎兵衛という[35]。国文学者の一柳安次郎(号:芳風、市岡中学校奏任教諭、元関西大学講師)はこの家の分家の出身[36]
  9. ^ 一柳庄左衛門直章は天明3年(1783年)に家老となった。

出典

  1. ^ a b c 世界大百科事典 第2版『一柳氏』 - コトバンク
  2. ^ 新田完三 1984, p. 189.
  3. ^ 新田完三 1984, p. 335.
  4. ^ a b c 小田部雄次 2006, p. 335.
  5. ^ a b 『寛政重修諸家譜』巻第六百三、国民図書版『寛政重修諸家譜 第四輯』p.154、『新訂寛政重修諸家譜 第十』p.154。
  6. ^ 一柳貞吉 1933, p. 2.
  7. ^ 野田学区の紹介”. 名古屋市立野田小学校. 2021年9月30日閲覧。
  8. ^ 菊池浩之 2019, kindle版位置No.1883/5011.
  9. ^ 伊藤清太郎 編 1936, p. 262.
  10. ^ 菊池浩之 2019b, kindle版位置No.1883/5011.
  11. ^ 二 河野家臣団の構成”. 愛媛県史 古代Ⅱ・中世(昭和59年3月31日発行). 愛媛県生涯学習センター. 2022年9月10日閲覧。
  12. ^ 菊池浩之 2019a, kindle版位置No.4206/5054.
  13. ^ 菊池浩之 2019a, kindle版位置No.4189/5054.
  14. ^ a b 一柳貞吉 1933, p. 4.
  15. ^ 一柳貞吉 1933, p. 附録p.25.
  16. ^ 一柳直末(ひとつやなぎなおすえ)とその子孫~一柳庵跡(いちりゅうあんあと)・宗閑寺(そうかんじ)”. 歴史の小箱(第335号・平成28年4月1日号). 三島市郷土資料館. 2021年9月1日閲覧。
  17. ^ a b 一柳貞吉 1933, p. 17.
  18. ^ 一柳貞吉 1933, p. 18.
  19. ^ a b 浅見雅男 1994, p. 24.
  20. ^ a b 小田部雄次 2006, p. 13-14.
  21. ^ 新田完三 1984, p. 190.
  22. ^ a b 浅見雅男 1994, p. 151.
  23. ^ 華族大鑑刊行会 1990, p. 407.
  24. ^ 新田完三 1984, p. 336.
  25. ^ 華族大鑑刊行会 1990, p. 279.
  26. ^ a b 一柳貞吉 1935, p. 29.
  27. ^ 菊池浩之 2019b, kindle版位置No.1795/5011.
  28. ^ 小和田哲男 2002, Kindle版位置No.1251/2673.
  29. ^ a b c 一柳貞吉 1933, p. 70.
  30. ^ a b 大洲藩/家臣団の形成と構造”. 愛媛県史 近世 上. 愛媛県生涯学習センター. 2021年9月3日閲覧。
  31. ^ 一柳貞吉 1933, p. 38.
  32. ^ 一柳貞吉 1933, p. 69.
  33. ^ 一柳貞吉 1933, p. 56.
  34. ^ a b 一柳貞吉 1933, p. 67.
  35. ^ 一柳貞吉 1933, p. 58.
  36. ^ 一柳貞吉 1933, pp. 59–60.
  37. ^ 『寛政重修諸家譜』巻第五百九十三、国民図書版『寛政重修諸家譜 第四輯』p.92、『新訂寛政重修諸家譜 第十』p.92。
  38. ^ 『芸藩輯要: 附・藩士家系名鑑』p.129
  39. ^ 『寛永諸家系図伝 13』p.32
  40. ^ a b 『一柳家史紀要』附録2、当該ページ
  41. ^ 所報 - 史料編纂 出版報告 大日本史料 第十一編之二十八”. 東京大学史料編纂所. 2021年9月3日閲覧。
  42. ^ 一柳家文書”. 小野市. 2021年9月3日閲覧。
  43. ^ 白峰旬 2021, p. 45.


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