プントランド副大統領
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「アブディハキム・アブドゥラヒ・ウマル・アメイ」の記事における「プントランド副大統領」の解説
2014年1月8日、アメイはプントランドの副大統領に選出された。プントランド議員66票の内48票を獲得した。次点候補は16票だった。アメイはブーホードレの住民から強い支持を受けていた。1月25日に大統領と共に就任。 2014年10月、アメイ副大統領はプントランドの首都ガローウェで、ソマリア連邦共和国のアブディウェリ首相とのプントランド政府高官との会談に出席。 2015年3月、アメイ副大統領はソマリアの首都モガディシュを、副大統領の立場では初めて訪問した。 2015年5月、アメイ副大統領はソマリア連邦の一構成国であるジュバランドの議会に出席するため、首都キスマヨを訪問した。 2017年8月、エチオピアの反政府組織オガデン民族解放戦線の指導者Abdikarim Muse Qalbi Dhagahがソマリア連邦の一構成国であるガルムドゥグのガルカイヨで逮捕され、ソマリア連邦政府からエチオピア政府に引き渡された。プントランド政府は難民の地位に関する条約に反するとして、これに反対する立場を表明していた。しかしプントランド政府長官の一人Bashir Abdirahman Haji Gurhanがこの引き渡しに賛同の意を示したため、アメイ副大統領はGurhanを解任した。 2018年6月、アメイ副大統領はプントランドとソマリランドが領有権を争っている町の一つブーホードレを訪問し、1月にソマリランドに奪われたトゥカラクの奪還の意思を表明。 2018年8月、ブーホードレで自爆テロ事件が発生した。アメイ副大統領は事件にソマリランドが関わっているとして非難。ソマリランド政府はこれを否定。 2018年10月、プントランドの首都ガローウェで、ソマリア連邦の構成国であるプントランド、ガルムドゥグ、南西ソマリア、ジュバランドの大統領が集まって公開討論会が行われ、ソマリア連邦政府を批判する決議が発表された。しかしアメイ副大統領は連邦政府の肩を持ち、この決議を批判した。 2018年12月、アメイ副大統領は紛争委員会の任命を巡ってガース大統領と対立した。
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プントランド副大統領
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「ハッサン・ダヒル・アフクラク」の記事における「プントランド副大統領」の解説
2005年1月、プントランド大統領選、副大統領選が行われ、大統領にマハムド・ムセ・ヘルシが当選した。アフクラクは議会の第2副議長を辞任して副大統領に立候補し、当選した。それまでの副大統領は、プントランド建国以来ずっと、デュルバハンテ氏族の少数派カヤード支族出身の、マハメド・アブディ・ハシだった。一方で、デュルバハンテの2大支族はモハムド・ガラドとファラー・ガラドであり、モハムド・ガラド出身のアフクラクが副大統領になったことにより両支族の力の均衡が崩れ、ファラー・ガラド支族は反発した:67:412。 2005年11月、プントランドの子供の間で麻疹(はしか)が流行したため、プントランドはWHOなどと協力してワクチン接種キャンペーンを実施し、アフクラク副大統はワクチン接種の重要性を訴えた。 2007年4月9日、ソマリランドとプントランドの紛争地帯にある町ダハールにて、プントランド派の民兵とソマリランド軍が衝突し、12日にソマリランド軍がダハールを占領した。しかしこの際は、ソマリランド国防相の命令でソマリランド軍は撤退した。この撤退理由は謎とされており、直後にソマリランド国防相が解任されている。この事件に関してアフクラク副大統はボサソで行われた会議にて、モガディシュの住民がソマリランドと共謀していたとして非難。 2007年9月、ファラー・ガラド支族出身のプントランド内務長官アフメド・アブディ・ハブサデがプントランドから独立する動きを見せたので、ヘルシ大統領はハブサデを内務長官から解任した。するとハブサデはソマリランドに転身し、10月にソマリランド軍をデュルバハンテ氏族居住地域の最大都市ラス・アノドに引き入れた:68。以後、ラス・アノドは2021年現在に至るまでソマリランドが一貫して支配することとなり、ラス・アノドの周囲の都市も少しずつソマリランド軍に占領されつつある。なお、ハブサデ自身は2014年にプントランドに復帰。 2008年3月、ソマリランドのカヒン大統領は、プントランドと領有権を争っている地域を含めて、ソマリランドに新しい地域と地区を設けると発表。アフクラク副大統領はこれを批判。 2008年4月、アフクラク副大統領はエチオピアを訪問して病気療養。その間もエチオピア政府関係者との打ち合わせを行い、ジブチにも訪問している。8月4日にプントランドに帰国。 2008年11月、カルドで行われたダロッド氏族の族長の就任式に出席。
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