コロンビア遠征とは? わかりやすく解説

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コロンビア(太平洋岸北西部)遠征

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/20 07:58 UTC 版)

ジョン・ケンドリック」の記事における「コロンビア太平洋岸北西部遠征」の解説

1787年ボストン実業家であるジョセフ・バレル(Joseph Barrell)が組織したシンジケートが、太平洋岸北西部探検資金援助行った。この遠征には213トンのコロンビア・レディビバ(Columbia Rediviva)と90トンレディ・ワシントンの2隻が参加した。レディビバはラテン語蘇生の意味なので、コロンビアは古い船を修理して使ったものと想像される。 ケンドリックは、コロンビア船長選ばれ遠征全体指揮をとることにもなった。このとき47歳前後思われる小型レディ・ワシントンの方は、32歳のロバート・グレイ(Robert Gray)が船長となった遠征隊の人数は両船合わせて50人ほどであった隊員中には現存する唯一の航海記録残している、19歳のロバート・ハスウェル(Robert Haswell)、独立戦争退役軍人であり、後の1790年には毛皮貿易でケンドリックの競争相手となるホープHope )の船長となる25歳のジョセフ・イングラム(Joseph Ingraham)、最年長であり、キャプテン・クック第三回探検にレゾルーション(HMS Resolution )の乗員して参加したサイモン・ウッドラフ(Simeon Woodruff)らがいた。 コロンビア遠征隊は1787年10月1日ボストン出港した大西洋南下し11月9日にはカーボベルデ到着した道中ケンドリックとウッドラフ争い起こしウッドラフはここで下船してしまった。2隻は12月21日カーボベルデ出帆し、さらに南下1788年2月16日にはフォークランド諸島西岸の港に到達した。ケンドリックはこの間今度ハスウェル不仲になり、ハスウェルレディ・ワシントン乗り移った2月28日出港しマゼラン海峡通らずホーン岬沖を通過して太平洋入った4月1日に嵐に遭遇し、2隻は離れ離れになったが、レディ・ワシントン乗員たちはケンドリックと離れたことを喜んだグレイらは8月2日北西海岸視認した。レディ・ワシントン地元インディアン接触しながらさらに北上した8月30日バンクーバー島西岸のクレイコット湾(Clayoquot Sound)入った。そこで地元インディアン酋長ウィカナニッシュ(Wickananish)と毛皮取引行い9月16日バンクーバー島西岸のヌートカ湾(Nootka Sound)移動した。 ケンドリックも嵐を乗り切りチリ沖のファン・フェルナンデス諸島到着したこの間2人死亡し数人船員壊血病かかったその後北上し9月23日にヌートカ湾に入った10月1日出港から1年経過していたが、ケンドリックはヌートカ湾のマルビナス入江(Marvinas Bay)で冬を過ごすことに決めた翌年3月グレイ毛皮交易開始したが、ケンドリックとコロンビア・レディビバはまだ準備ができていなかった。6月、ケンドリックとグレイサン・ミゲル島San Miguel Island)のスペイン軍要塞司令官であるエステバン・ホセ・マルティネス(Esteban José Martínez)と会い友好的な関係を築いた6月24日、ケンドリックはグレイそれぞれの船を交換すると言う奇妙な決断をした。理由不明であるが、小型新しレディ・ワシントンの方が扱いというのも一因であろう。この時点で、遠征全体指揮グレイ委ねた想像される。後にグレイコロンビア川探検Robert Gray's Columbia River expedition)を行うが、コロンビア川の名前はグレイ船長務めたコロンビア・レディビバに由来するものである。 7月下旬、ケンドリックはレディ・ワシントンバンクーバー島沿って北上開始した途中クイーンシャーロット諸島ハイダ族(Haida)とその酋長コヤー(Koyah)と交易行ったある日、船から洗濯物盗まれた。ケンドリックはコヤーを拘束し洗濯物帰ってくるまで開放しなかった。さらに、ケンドリックは、コヤーの顔を黒く塗り、髪を短く切り(短い髪は彼らにとって奴隷意味した)、洗濯物盗んだ代償として生皮大量に奪い取ったその後、コヤーは酋長の座から一段低い地位落とされてしまったが、この屈辱忘れていなかった。この事件は、アメリカ人商人インディアンたちからボストン・マンと呼ばれ嫌われる一因となった

※この「コロンビア(太平洋岸北西部)遠征」の解説は、「ジョン・ケンドリック」の解説の一部です。
「コロンビア(太平洋岸北西部)遠征」を含む「ジョン・ケンドリック」の記事については、「ジョン・ケンドリック」の概要を参照ください。

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