コレオプター
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コレオプター(coleopter)は胴体がダクテッドファンの内部に備えられる垂直離着陸機の形式。一般的に大きな樽のような形状が後部に延長され、小型の操縦席がそこから前にある。コレオプターは一般的にテイルシッターでもある。語彙は1950年代にフランスで最初に開発されたC450 コレオプテールで甲虫を意味するcoléoptèreに由来する。
最初にコレオプターの概念の設計を明確に使用した航空機は第二次世界戦中に開発された。1944年からドイツ空軍は常に航空基地を爆撃に晒され続けており大規模な作戦に対処する事は困難だった。そこで滑走路の不要などこからでも離着陸が可能な垂直離着陸迎撃機の導入が提案され多くの提案はこのようなシステムだった。ハインケルはハインケル ヴェスペやハインケル レルヒェの一連の設計の一環として検討開発した。ヴェスペはベンツ製の2000馬力のターボプロップエンジンを搭載する予定だったが実現せず、レルヒェは代わりに2基のダイムラー・ベンツ DB 605レシプロエンジンを搭載する予定だったがこちらも実現しなかった。
第二次世界大戦後、VTOLの研究はヘリコプターが中心になった。しかし、単純な回転翼の限界が明らかになり、他の解決策が模索され、多くはジェットエンジンを直接垂直の推力に使用する方法に切り替えられた。スネクマは1950年代にAtar Volantシリーズの一環として一連の開発を行った。さらに改良された設計のためスネクマとノール・アビアシオンは環状翼を備えたC.450 Coléoptèreを開発した。Coléoptèreは first flew on 6 May 1959年5月6日に初飛行したが7月25日に墜落して更新されなかった。試験した時点ではエンジンの角運動量に関連する複数の深刻な問題で操縦は困難だった。
アメリカではヒラー・ヘリコプターでCharles Zimmermanによってダクテッドファンを備えた複数のプラットホームが設計された。幾つかの初期の成功後、陸軍は機体の大きさと重量を増やすように要求したところ、安定性の問題が新たに生じた。これらは修正するためには一般的により大きさと出力を必要としたが設計は不十分だった。代わりにヒラーは海軍に完全なコレオプターの設計の概念を製造を持ち掛けた。これはスネクマの設計に酷似するヒラー VXT-8として実現したがジェットエンジンの代わりにプロペラを備えた。しかし、UH-1のようなレシプロエンジン式よりも著しく性能が向上したタービン式のヘリコプターが導入されたために海軍は予想された性能が幾分優れていたにもかかわらずVXT-8への関心を失い、実物大模型のみが完成した。
コンベア社はAdvanced Aerial Fire Support System (AAFSS)の競争入札でコレオプターの配置をモデル49の提案に選んだ。AAFSSは高速ヘリコプターの設計を攻撃と支援任務のために打診して複合ヘリコプターが想定されたがモデル49の設計は従来型ではなかった。陸軍は"従来型を選び"AH-56 シャイアンとS-66がさらに開発が進められた。
参考文献
- Jay Spenser, Vertical Challenge: The Hiller Aircraft Story, University of Washington Press, 1998
- Tony Landis and Dennis Jenkins, Lockheed AH-56A Cheyenne, Specialty Press Publishers and Wholesalers, 2000
関連項目
外部リンク
コレオプター
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詳細は「コレオプター」を参照 コレオプター(Coleopter)は垂直離着陸機の一形式で胴体の尾部にダクテッドファンを備える。全体的に見て尾部に樽の様な外観のファンを備え、小型の操縦席が先端部にある。大半のダクテッドファンの設計と同様にコレオプターは離着陸時に尾部から接地する。代表的な機種は1950年代にフランスのスネクマが開発したC450やアメリカのHiller VXT-8である。 最初のコレオプターの概念は第二次世界大戦中にドイツで考案された。大戦末期の1944年、飛行場が破壊されて使用不能になってもどこからでも離着陸の可能なVTOL迎撃機の開発が検討された。ハインケル社ではWespeとLercheを提案した。Wespeはベンツの2,000 hpターボプロップエンジンを使用する案だったが実現せず、Lercheは2基のDB 605をピストンエンジン動力とした。両方とも実現しなかった。 第二次世界大戦後、大半のVTOLの研究はヘリコプターを中心として行われたがその一方で単純な回転翼の限界が明らかになりジェットエンジンの噴射を直接利用する方法等、他の方法の開発へ開発方針が転換された。スネクマは1950年代にアターVolantシリーズの一環として開発を進めた。最終的に環状翼を持つC450が開発され1959年5月6日に初飛行したが、7月25日に不安定な特性により、大破して開発は打ち切られた。 アメリカでも同様にヒラーヘリコプター社がCharles Zimmermanによって独自に設計された複数のダクテッドファン式のVTOLの開発を進めていた。いくつかの初期の成功の後、陸軍は大きさと重量を増やすように要求を転換したことにより新しい安定性の問題が生じた。これらは全体的に大きさと出力が必要だったが満足のゆく結果は得られなかった。その一方でヒラー社は海軍にコレオプターの設計の概念を提案した。この結果Hiller VXT-8が提案されたがこれはスネクマの設計に似ていたがジェットエンジンではなくプロペラを使用していた。しかしながら、導入されたタービン式のUH-1のようなヘリコプターと比較してピストンエンジン式のVXT-8は著しく性能が劣っていたため、海軍は興味を失った。モックアップのみが完成した。
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