ウェルキンゲトリクス
ウェルキンゲトリクス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/08 14:19 UTC 版)
![]() |
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。(2017年8月)
|

ウェルキンゲトリクス(Vercingétorix [1]、紀元前72年 - 紀元前46年)は、ガリア(現在のフランス)に住むケルト人(ガリア人)の一部族であるアルウェルニ族の出身で、古代ローマのガリア侵略に対して抵抗した人物である。フランス最初の英雄と称される。ヴェルキンゲトリクス、ヴェルチンジェトリクス、ヴェルサンジェトリクス(フランス語読み仮名転写)とも表記される。
生涯

父のケルティルがローマと戦うためガリア諸部族(ガリア人[ガリアのケルト人]諸部族)をまとめ上げた後に暗殺されている [2]。 その後20歳前後で族長[3]となり、ガイウス・ユリウス・カエサルのガリア戦争において、それまで統率の執れていなかったガリア諸部族(ガリア人[ガリアのケルト人]諸部族)をまとめ上げて対ローマ統一部隊を組織すると、ガリア各地でゲリラ戦やローマ軍の兵站線の寸断、焦土作戦などを展開し、ローマ軍を苦しめた。アウァリクム包囲戦でアウァリクムを陥落させられたが、ゲルゴウィアで反撃、ローマ軍に勝利した(ゲルゴウィアの戦い)。
しかし、最終的にはガリアの都市アレシア(現在のディジョンに近い地域)に追い詰められ、ローマ軍に包囲された。突破作戦を決行するも失敗し、部下達の保全を条件についに降伏、投降した(アレシアの戦い)。その後、ウェルキンゲトリクスはローマへと送られ、6年間トゥッリアヌムに投獄された。その後紀元前46年にカエサルが挙行した凱旋式で引き回され、同じく捕虜として引き回されたクレオパトラの妹アルシノエやヌミディア王ユバの幼い王子には凱旋式を観覧していた群衆からの同情が寄せられたとされ最終的に助命されているが、ウェルキンゲトリクスは絞首刑に処されている[4]。
フランス最初の英雄
近代に至ってもウェルキンゲトリクスはフランス最初の英雄、ガリア解放の英雄とされ、かつてアレシアの町があった現在のアリーズ・サント・レーヌ村にはナポレオン3世の命によって銅像が建てられた。また、フランス人彫刻家フレデリク・バルトルディ作のウェルキンゲトリクスの像が、クレルモン=フェランの中央広場に建てられた。そのほか、サン=ジェルマン=アン=レーには彫刻家エメ・ミレー作の像が建てられている。
最近では、1959年に始まったフランス発でヨーロッパとその旧植民地全体へ広がった人気漫画『アステリックス』シリーズにはウェルキンゲトリクスの姿が投影されている。
ギャラリー
-
かつての主戦場であるアレシアの野に建つ、ウェルキンゲトリクスの像(アリーズ・サント・レーヌ)(エメ・ミレー作)。
-
サン=ジェルマン=アン=レーに建つ、ウェルキンゲトリクスの像(エメ・ミレー作)。
出典
参考文献
- エイドリアン・ゴールズワーシー 著、宮坂渉 訳『カエサル 下』白水社、2012年。ISBN 978-4-560-08229-4。
脚注
関連項目
ウェルキン・ゲトリクス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 13:39 UTC 版)
「エア・ギアの登場人物」の記事における「ウェルキン・ゲトリクス」の解説
重力子。ジェネシスの「牙の王」。アメリカでは"水棲の魔龍(オルカ)"と呼ばれていた。水を極めつくした技を使い、周囲の水分(生物の水分含む)を爆発させることができる。さらに、水中では無類の強さを誇り、10分以上は潜れる上に、水圧を一点に集めて相手を押し潰すといった応用も可能。1Gの世界で瞳孔に十字が浮かぶ。技影はオルカ。愛称はウェルだが本人は本名で呼ばれるのを好む。長らく何の道で何の王なのかはわからなかったが、宙の会話から「牙の王」であることが判明した。リクス(RIX)にはギリシャ語で王という意味がある。イッキ襲撃に向かう際、咢に遭遇、興味を持ち戦いを挑むが敗れる。よく言葉の最後に「?」をつける。
※この「ウェルキン・ゲトリクス」の解説は、「エア・ギアの登場人物」の解説の一部です。
「ウェルキン・ゲトリクス」を含む「エア・ギアの登場人物」の記事については、「エア・ギアの登場人物」の概要を参照ください。
- ウェルキン・ゲトリクスのページへのリンク