その他の史書
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正史や裴注のほかにも、『演義』に逸話を提供した史書は多い。この時期に編纂され、『演義』への流れに影響した主な史書を挙げる。 『華陽国志』 東晋時代の永和11年(355年)に、常璩によって編纂された上古から4世紀半ばまでの巴蜀・漢中・雲南の地方志。全12巻。中でも劉二牧志・劉先主志・劉後主志は、資料に乏しく詳細不明な蜀の歴史を補うものとなっている。裴注にも19件引用されている。 『後漢書』 劉宋時代の元嘉9年(432年)に、范曄によって編纂された後漢時代に関する正史。前漢の歴史を記した班固の『漢書』の続篇として書かれたため、「後『漢書』」と名づけられる。時代的には三国より前を扱いながら、成立は『三国志』よりも150年遅く、裴注と同時期である。范曄がこの書を著す前から「後漢書」「続漢書」等と称する史書は多くあり、唐代に編纂された『隋書』経籍志では、これらの類書とともに正史の類に編入されている。現在見られる『後漢書』には、唐の皇族李賢(章懐太子)がつけた註釈(章懐注)が挿入されるのが普通である。 扱う時代が重なるため、三国成立前の各地の群雄など『後漢書』『三国志』両書に伝がある人物も少なくない。曹操の参謀を務めた荀彧も、曹操が魏公に陞爵するのに反対し死を選んだためか漢臣として扱われ、『後漢書』にも伝がある。『演義』の刊本によっては荀彧の死が描かれる段で、100字余りの論賛(死に際しての評価)がそのまま『後漢書』から丸写しされている(ただしその後、毛宗崗本において当該部分は省略された)。 『世説新語』 劉宋の劉義慶(臨川王)が編纂した、後漢末から東晋までの著名人の逸話集である。後に梁の劉孝標(劉峻)が注を付け、記述の補足、不明な字義の解説、誤りの訂正などに校訂を施した。言語篇(巧い物言い)の孔融や、仮譎篇(嘘も方便)に載る曹操の逸話などが、後に『演義』で採用されている(後述)。
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