観念的競合 位置付け

観念的競合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/19 05:00 UTC 版)

位置付け

観念的競合については、実体法上一罪であるとする見解と、実体法上は数罪であるが科刑上一罪として取り扱われるにすぎないとする見解があるが、判例・通説は科刑上一罪説である。すなわち、最高裁昭和49年5月29日大法廷判決[8]は、観念的競合の規定は、1個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるとする。

観念的競合が併合罪の場合より軽く扱われる理由については、犯罪的意思活動の一回性・単一性のゆえに責任非難が減少するため、数個の犯罪の間で違法要素が共通・重複する部分があることから全体として違法性が減少するため、あるいはその双方が減少するためなどと説明されている。

要件

刑法54条1項前段にいう1個の行為とは、法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上1個のものとの評価を受ける場合をいうとされる(前掲最高裁昭和49年判決)。

不作為犯の罪数

作為犯の場合は、行為者の動態を外部的・客観的に認識しやすいのに対し、不作為犯の場合は、不作為の状態があるだけであるため、これが同時に複数の作為義務違反に当たる場合に観念的競合と解するか併合罪とするかが大きな問題となる。

ひき逃げ犯人が現場から逃走する場合の、道路交通法上の救護義務違反の罪(同法72条1項前段、117条1項)と報告義務違反の罪(同法72条1項後段、119条1項10号)の罪数について、二つの不作為犯がそれぞれ成立し併合罪の関係に立つとするのが従来の判例[9]・多数説であったが、最高裁昭和51年9月22日大法廷判決[10]は、自然的観察のもとでは「ひき逃げ」という1個の行為であるとして、従来の判例を変更し、両者は観念的競合に当たるとした。

過失犯の罪数

酒酔い運転とその過程における運転中止義務違反の過失による業務上過失致死罪は併合罪となる(前掲最高裁昭和49年判決。同種の事案である極度の疲労と眠気による無謀運転とその過程における運転中止義務違反の過失による業務上過失致死罪を観念的競合としていた旧判例から判例変更。)

共犯の罪数

幇助罪の個数は正犯の罪の数によって決定され、幇助罪が数個成立する場合にそれらが1個の行為によるものであるかは、幇助行為それ自体について判断すべきであるとした(最高裁昭和57年2月17日決定[11])。

処断刑

観念的競合の場合は、その最も重い刑により処断することとされている(刑法54条1項)。ただし、2個以上の没収については吸収されずに併科される(同条2項、49条2項)。

どの刑が最も重いかは刑法10条により定まる。原則として、重いものから死刑・懲役・禁錮・罰金・拘留・科料の順であり(同条1項)、同じ刑種の間では、刑期や罰金額で比較し(同条2項)、刑期・罰金額が同じ場合には犯情の重い方を「重い刑」とする(同条3項)。

刑の比較に際しては、刑種の選択や刑の加重・減軽を行う前の法定刑自体を比較することとされている(大審院大正5年4月17日判決・民録22輯570頁)。すなわち、重い刑種のみをそれぞれ取り出して比較対照するという重点的対照主義がとられている(最高裁昭和23年4月8日判決[12])。もっとも、判例は、刑法54条1項の規定は軽い罪の最下限の刑よりも軽く処断することはできないという趣旨を含むとして、重点的対照主義を修正している(最高裁昭和28年4月14日判決[13]、最高裁昭和32年2月14日判決[14])。また、最も重い罪の刑は懲役刑のみであるがその他の罪に罰金刑の任意的併科の定めがあるときには、最も重い罪の懲役刑にその他の罪の罰金刑を併科することができる(最高裁平成19年12月3日決定[15])。


  1. ^ 前田雅英ほか編『条解刑法』弘文堂、257頁。傷害罪の法定刑は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金、公務執行妨害罪の法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金であるから、この場合、重い傷害罪の刑により処断されることとなる。
  2. ^ 詐欺罪の法定刑は10年以下の懲役、商標法違反罪の法定刑は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はこれらの併科であるから、この場合、罰金併科がある点で重い商標法違反罪の刑(ただし罰金刑のみの選択はできない)により処断される。
  3. ^ 後掲参考文献『罪数論の研究』1頁以下
  4. ^ 小野清一郎『犯罪構成要件の理論』有斐閣・昭和28年、364頁以下
  5. ^ Liszt-Schmidt 1932.
  6. ^ Mayer 1923.
  7. ^ 小野清一郎 1932.
  8. ^ 最高裁判所昭和49年5月29日大法廷判決・刑集28巻4号114頁・判例情報
  9. ^ 最高裁判所昭和38年4月17日大法廷判決・刑集17巻3号229頁・判例情報
  10. ^ 最高裁判所昭和51年9月22日大法廷判決・刑集30巻8号1640頁・判例情報
  11. ^ 最高裁判所昭和57年2月17日決定・刑集36巻2号206頁・判例情報
  12. ^ 最高裁判所第一小法廷判決昭和23年4月8日(昭和22年(れ)第222号)刑集2巻4号307頁・判例情報
  13. ^ 最高裁判所第三小法廷判決昭和28年4月14日(昭和27年(あ)第664号)刑集7巻4号850頁・判例情報。重い罪の法定刑が懲役刑と罰金刑で、軽い罪の法定刑が懲役刑のみの場合、罰金刑を選択することはできない。
  14. ^ 最高裁判所第一小法廷判決昭和32年2月14日(昭和29年(あ)第3573号)刑集11巻2号715頁・判例情報
  15. ^ 最高裁判所第一小法廷決定平成19年12月3日(平成18年(あ)第2516号)刑集61巻9号821頁・判例情報・判例タイムズ1273号135頁。この事例では、法定刑が「10年以下の懲役」である詐欺罪と、法定刑が「5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はその併科」である犯罪収益等隠匿罪が観念的競合に立つ場合に、重い詐欺罪の懲役刑に犯罪収益等隠匿罪の罰金刑を併科することが許される。


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