ねじれ国会 ねじれ国会の概要

ねじれ国会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/13 09:21 UTC 版)

この言葉は1989年7月30日付け「朝日新聞」朝刊3面に掲載されたことが由来で、マスコミの造語である。特に2007年7月の第21回参議院議員通常選挙の結果を受けて、報道などでよく使われるようになった。

概要

日本議院内閣制を採用しており、内閣総理大臣の指名において衆議院の優越が認められている。このことから閣外協力を得た少数与党でない限りは、単一の与党または複数の連立与党衆議院の過半数を占める事となる。ねじれ国会という語は、それにも関わらず与党が参議院の過半数を占めていない状態を指すものであり、この状態は与党が参議院の比較第1党であったとしても起こりうる。

二院制である以上は各院が多数派を異にすることは当然に想定されるが、日本の国会では党議拘束がほぼ全ての議案に対して行われるため、個々の議員との交渉によってその議員のみの投票行動を変えさせることは困難である。そのため、政党の執行部との交渉により会派単位での承認を得なければ議案を両院通過させられないという特徴がある。

衆参両院で政権与党が過半数を維持している状況とは違い、ねじれの状態では参議院で過半数を有する野党を納得させなければ法案は成立しないために、参議院で衆議院と異なる議決が起こりやすくなる。これは、参議院の独自性の発揮とみなすことができるが、衆議院とは異なる議決が政治の停滞を招くことになり、その損失が重視されることがねじれ国会の問題点とされる。

衆議院の優越

憲法上に定められている優越には、様々な制約がある。

予算案の議決・条約批准の議決・内閣総理大臣指名選挙に関しては、議決が異なった場合や衆議院議決後に一定日数の間に参議院が議決しない場合、衆議院の議決を国会の議決とすることができる(衆議院の優越、自然成立)。しかし、関連法案が野党に反対され参議院で可決できない場合、予算執行や条約履行に支障が生じる可能性もある。一方、法律案の場合、衆議院が先議して可決した法案を後議の参議院が否決した場合、これを成立させるためには、衆議院で3分の2以上の特別多数で再可決する必要がある(衆議院の再議決)。

衆議院可決議案を参議院が議決しない場合、衆議院可決から60日間が経過しなければ、参議院が否決したとみなすことはできない(みなし否決)。したがって、衆議院で先議可決した議案を、参議院は、最大60日間にわたって法案審議を引き延ばすことができる。もし、60日間が経過する前に国会の会期切れが見込める場合なら、継続審議にせず審議未了とすることで廃案に追い込むこともできる。国会法では、臨時国会特別国会の会期及び会期延長における両院の議決では衆議院の優越が認められているが、会期延長の回数は制限されている。

両院承認案件

各法律では両議院での承認を必要としている案件があり、衆議院は優越しない。

国会同意人事
日本銀行政策委員、会計検査院検査官人事院人事官などの国会同意人事では衆議院の優越が認められていないため、衆参両院で同意を得る必要がある。参議院が同意人事を否決した場合、政府は新たな人選に迫られることになる[注 1] 。国会閉会中または衆議院解散中は暫定的に任命をすることもできるが、あくまで次期国会で同意を得るための暫定人事であるため、抜本的な対処とはならない。
そのほかの両院承認案件
自衛隊防衛出動の承認、NHK予算の承認などの国会の両院の承認が必要な案件については、参議院が同意せず両院協議会でも調整できない場合は、自衛隊出動が撤退になる、NHKの予算支出が暫定予算扱いで対処するなど、政策実施に支障を来たすようになる。

参議院独自の案件

閣僚等問責決議案の可決
参議院で野党が過半数となれば、政府要職に不適格と判断される閣僚などへの問責決議案が可決しやすくなる。問責決議には法的拘束力はないが、問責対象閣僚が出席する国会審議において野党議員が出席を拒否(審議拒否)して、審議が停滞することがある。そのため、問責理由が世論の支持を受け野党が強硬姿勢を崩さない場合には、閣僚が辞任する事態に発展する可能性もある。
首相問責決議案の可決
参議院で首相問責決議案が可決されれば、閣僚等問責決議と同じく首相が出席する国会審議において野党議員が出席を拒否する事態が想定される。一方で、参議院による問責決議には内閣総辞職をさせる法的拘束力がないことから、与党側には内閣信任決議憲法第69条)を衆議院で可決し、首相問責決議の効果を打ち消そうとした事例がある(福田康夫内閣総理大臣に対する問責決議)。
国政調査権発動と証人喚問
参議院で野党が主要委員会の委員長ポストを獲得すれば、政府・与党の腐敗や疑獄事件などについて、野党が主導をして参議院で国政調査権証人喚問の行使を議決することができる。証人喚問で証言拒否や偽証した場合は、国会の議決で刑事罰が規定されている議院証言法違反として告発することができる。但し参議院では1955年以降、証人喚問決議は全会一致で行うことが慣例となっている(法律に基づかない慣例なので、野党が慣例を破る可能性はある)。また、議院証言法に基づく告発には法改正により1988年以降は出席委員の3分の2以上の賛成を要することが規定されており、与党が3分の1以上の委員数を押さえていれば証人喚問の実効性を減殺することができる[注 2]。さらに在任中の国務大臣は、首相の許可がない限り訴追を受けることはない(憲法第75条)。しかし、野党の証人喚問決議や議院証言法違反告発の正当性を世論が認める場合には、政府・与党も軟化せざるを得ないと予想される。
議員辞職勧告決議の可決
政権に大きな影響力があると目される与党大物参議院議員への辞職勧告決議が可決しやすくなる。但し数の論理をもって多数派が議員の役職を奪うような決議を行うには、汚職の嫌疑など、相応の大義名分が必要とされる。辞職勧告決議には法的拘束力はないが、政府・与党に大きな打撃を与えることができる。

評価

ねじれ国会の状態では、国会運営の停滞や政府・与党が提案する議案の不成立により政府の政策実施が滞る一方、与野党協議によって政策の修正が行われる可能性が増大したり、野党主導で国政調査権が行使されたりする。このため、後者のメリットを強調する立場に立つ政治評論家ジャーナリストの中には、「ねじれ国会」をより肯定的に「バランス国会」などと表現をする者もいる。

寺田典城は「情報が公開され、与党と野党が互いに競う」と評する[2]

なお、ねじれ国会における法案の成否をゲーム理論でモデル化した研究としては、川人貞史「衆参ねじれ国会における立法的帰結」がある[3]

ねじれの利点

終戦直後の日本国憲法制定での両院制選択の経緯を見ると、アメリカから渡された憲法草案が一院制であったのに対し、日本側はわざわざ二院制への変更を主張し、米国も特に反対することもなく容認している。日本側が両院制を推した理由としては、仮に一院制を採用した場合、総選挙の結果で国家の方針がいきなり変わってしまうことになり、政情が安定しなくなるためである。片方の議院の選挙で多数党が変わったとしても、ねじれの間は簡単には法律を変えられない、すなわち政情が安定するというものであった[4][5]。ねじれの間は法律を変えられないが、国としての最低限の機能を維持するため「内閣総理大臣の指名」と「予算の承認」は衆議院だけで成立できるようになっており、いわば冬眠状態にあることになる。ねじれた後、時間をかけて次の選挙で国の針路を決めることになり、国民に熟慮期間を与えることができる点が最大の長所と言える。

ねじれの欠点

本来、参議院には「良識の府」という役割がある。そのため、ねじれただけで法律を変えられないというのでは、本来の役割を果たしていないといった指摘も存在する。

現にイギリスの議会では、金銭法案については庶民院(下院)の議決が優先され、それ以外の法案についても貴族院(上院)は成立を引き延ばせるだけで廃案にはできないという性質がある[6]


注釈

  1. ^ 会計検査官や人事官などは、かつては衆議院の優越が認められていた。詳しくは、国会同意人事#衆議院優越規定を参照。
  2. ^ 法改正以前は過半数の賛成で可能であった。
  3. ^ 日本の首相は与党党首の権限で与党幹事長や与党国対委員長に指示をすることでしか国会運営に関与できない。
  4. ^ フランス議会の議事日程の決定は議事協議会(Conférence de Présidents)の権限である。議事協議会には、議長・副議長・常任委員会の委員長・関係する特別委員会の委員長のほか、政府代表1名が参加する。しかも、議事日程における優先権が政府に認められている[12][13]
  5. ^ 法案に対する議決が国民議会元老院で一致せず、法案の回付が両院間を2往復(政府が緊急性を宣言した場合は1往復)したとき、政府は両院協議会の開催を要求できる。さらに、両院協議会が決裂した場合や、両院協議会の合意案を各院が議決しない場合、政府は国民議会に対して最終的な議決を求め、元老院に対して国民議会を優越させることができる[14][15]
  6. ^ ドイツ連邦議会の議事日程の決定は長老評議会(Ältestenrat)の権限である。長老評議会の構成員は23名で、議長・副議長・各会派代表のほかに閣僚1名が参加する[12][13]
  7. ^ これらの場合はいずれも、当日または翌日に衆議院で内閣信任決議案が可決された。
  8. ^ 元老院議員選挙では、県選出の下院議員、議会議員、議会議員、市町村議会の代表が選挙人となる。ところが、市町村議会が選出する選挙人の割り当ては農村部の小規模市町村に比重が置かれているため、このことが右派に利することになる。
  9. ^ ドイツでは、州政府が州議会の信任に基づく議院内閣制が採用されている。
  10. ^ アメリカの政府予算はひとまとめの年度予算ではなく、個別の予算法から成り立っているため、不成立の法案により支出が賄われる予定だった政府機関のみの閉鎖となる。

出典

  1. ^ 伊藤和子 2011.
  2. ^ “「わが家もねじれ」次男が首相補佐官のみんな・寺田氏が首相にアドバイス”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2011年2月16日). オリジナルの2013年1月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130107134317/http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110216/plc11021613080014-n1.htm 
  3. ^ 川人 2008.
  4. ^
    ...Dr. Matsumoto then said that most other countries have a two House system to give stability to the operation of the legislature. If, however, only one House existed, said Dr. Matsumoto, one party will get a majority and go to an extreme and then another party will come in and go the opposite extreme so that, having a second House would provide stability and continuity to the policies of the government. General Whitney then said that the Supreme Commander would give thoughtful consideration to any point such as that made by Dr. Matsumoto which would lend support to a bicameral legislature and that, so long as the basic principles set forth in the draft Constitution were not impaired, his views would be fully discussed... — Record of Events on 13 February 1946 when proposed new constitution for Japan was
    submitted to the Prime Minister, Mr. Yoshida, in behalf of the Supreme Commander
    (和訳)…松本氏はそして「他の多くの国は、立法府の活動の安定化のために二院制を取る」と言った。「もし一院しかなければ、ある政党が多数を取れば一方の極に振れ、その後に別の政党が多数を取れば逆の極に振れるので、第二院が存在することにより政府の政策に安定性と連続性が与えられる」と彼は言った。ホイットニー将軍は「最高司令官は、松本氏が出した二院制を支持する主張を熟慮するであろうし、憲法案にある基本原則が阻害されない限り、松本氏の考えは十分に議論されるであろう」と言った。… — 1946年2月13日に新憲法案が最高司令官に代理し吉田首相
    (実際は当時は外相)に手交された際の記録
  5. ^
    …二院制ノ存在理由ニ付一應說明ヲ爲シタル所先方側ニ於テハ初メテ二院制ノ由來ト作用ヲ聽キタルカノ如キ觀アリタリ… — 二月十三日會見記略(松本憲法改正担当国務大臣の手記)
  6. ^ 上田涼「イギリスにおける庶民院の優越の歴史的変遷」『憲法研究』第52巻、憲法学会、2020年、1頁、doi:10.34519/constitution.52.0_1ISSN 0389-1089 
  7. ^ a b c 大山 2008, p. 37.
  8. ^ 川人 2008, p. 9.
  9. ^ a b 原田 2009, p. 174.
  10. ^ 小堀 2013, p. 121.
  11. ^ 大山 2008, pp. 46–47.
  12. ^ a b 大山 2008, p. 47.
  13. ^ a b 原田 2009, p. 169.
  14. ^ a b 大山 2008, p. 35.
  15. ^ a b 原田 2009, p. 168.
  16. ^ 大山 2008, pp. 47–48.
  17. ^ 大山 2008, pp. 34–39.
  18. ^ 川人 2008, p. 8.
  19. ^ 大山 2008, p. 34.
  20. ^ 小堀 2013, pp. 124–127.
  21. ^ “教員免許更新制 来年度の廃止断念 文科省”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年9月29日). オリジナルの2010年10月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101003102409/http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100929/plc1009292244019-n1.htm 
  22. ^ “安倍自民が圧勝 衆参で与党過半数”. 中日新聞 CHUNICHI Web (中日新聞社). (2013年7月22日). http://www.chunichi.co.jp/article/senkyo/sanin2013/all/CK2013072202100016.html 2013年7月22日閲覧。 [リンク切れ]
  23. ^ “なぜ「安倍1強」を崩せなかった?「野党内抗争」立憲&国民の“こじらせ国会””. FNN PRIME. (2018年7月30日). https://www.fnn.jp/articles/-/5854 2018年7月30日閲覧。 
  24. ^ a b c “衆参で立憲民主党が野党第1党に 国民・長浜氏が離党”. 朝日新聞デジタル. (2018年10月19日). https://www.asahi.com/articles/ASLBM4W67LBMUTFK00T.html?iref=comtop_list_pol_n04 2018年10月20日閲覧。 
  25. ^ a b 大山 2008, p. 25.
  26. ^ 大山 2008, p. 26.
  27. ^ “イタリア、なぜ改憲の国民投票 一院制で政権揺らぎ解消狙う”. 日本経済新聞. (2016年10月8日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM27H2F_W6A001C1FF1000/ 2016年10月11日閲覧。 
  28. ^ “伊レンツィ首相、憲法改正の党内反対派に譲歩 選挙法見直し示唆”. Reuters. (2016年10月10日). https://jp.reuters.com/article/italy-referendum-idJPKCN12B0PN/ 2016年10月11日閲覧。 
  29. ^ 大山 2008, p. 27.
  30. ^ “オバマ大統領、政府機関閉鎖は「無責任の極み」と批判”. ハフィントン・ポスト. (2013年10月2日). https://www.huffingtonpost.jp/2013/09/30/obama_n_4020221.html 2013年10月2日閲覧。 
  31. ^ “米 政府機関の一部閉鎖へ”. NHK. (2013年10月1日). オリジナルの2013年10月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20131004060557/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131001/k10014939471000.html 2013年10月1日閲覧。 
  32. ^ “NASAのサイトもアクセス不能に──米政府機関閉鎖で”. ITmedia. (2013年10月2日). https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1310/02/news038.html 2013年10月2日閲覧。 


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