しんじゅとり【真珠採り】
真珠採り
真珠採り
真珠採り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/23 14:36 UTC 版)
『真珠採り』(しんじゅとり、フランス語: Les Pêcheurs de perles)は、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーが24歳の若さで作曲した3幕からなるオペラ(オペラ・コミック)である。
ビゼーの初期の代表作であり、後の傑作『カルメン』に通じるオリエンタルな雰囲気と叙情的な旋律に満ちている。
特に、テノールのアリア「耳に残るは君の歌声」(通称「ナディールのロマンス」)や、テノールとバリトンの二重唱「神殿の奥深く」(Au fond du temple saint)は、オペラ・レパートリーの中でも特に有名である。
作曲の経緯
作曲に至るまで
ローマ大賞を受賞しローマ留学から帰国したビゼーは、受賞者の義務として1861年にオペラ『太守の一弦琴』(La Guzla de l'émir )[1]を作曲したが、1862年にオペラ=コミック座で予定されていた稽古が直前になって中止された。
ちょうどその頃、リリック座の支配人カルヴァロは、アレクサンドル・ヴァレフスキ伯爵(ナポレオン1世の庶子)から10万フランの資金提供を受け、ローマ大賞受賞者でまだオペラを作曲していない新人の手による3幕物のオペラを上演するという企画を立てていた。
カルヴァロは、かねてからその楽才を認めていた(かつこの要望に当てはまっていた)ビゼーを登用することを決め、ビゼーに『真珠採り』の台本を渡すと同時に作曲を依頼した。ビゼーは台本を気に入り、1862年に作曲に着手した。しかし、生活苦のために内職(主にピアノ用の編曲)を並行して行っていたため、完成は翌1863年の春までかかった。
タイトルは当初『レイラ』で、舞台設定もメキシコとされていたが、最終的に『真珠採り』に改められ、舞台はセイロン島に変更された。
初演と楽譜の変遷
初演は1863年9月30日にパリのリリック座で行われ、聴衆からは熱狂的な歓迎を受け成功を収めた(本来9月15日の予定だったが、レイラ役のソプラノ歌手の病気のため2週間延期された)。
一方で、当時の批評家たちからは酷評されたが、その中で唯一、大作曲家ベルリオーズだけはビゼーの才能と作品を高く評価した。
本作は、ビゼーの存命中には再演の機会がなく、彼の死後の1886年以降、自筆譜は行方不明となってしまった。このため、初演時の指揮者のスコアなどを元に復元や改変が加えられ、長きにわたり様々な版が上演されることとなった。
特に、第3幕の結末は何度も改変されたことで知られる。ビゼーのオリジナル(1863年版)では、ズルガはナディールとレイラを救うために自ら村に火を放った後、裏切り者としてヌーラバットに告発され、悲劇的な死を迎えるが、後にロンドンやイタリアで上演された版では、ズルガが二人の幸せを祈り、一人舞台に残る「ハッピーエンド」に改変された。
現代においては、1970年代以降、ヒュー・マクドナルドらによって復元された、ビゼーの意図した本来の「1863年オリジナル版」(悲劇的結末)に基づいて上演されることが主流となっている。
リブレット
リブレット(台本)は、ウジェーヌ・コルモン(E.P.ピェストロの筆名)とミシェル・カレによる(フランス語)。
楽器編成
- 管楽器:フルート2(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2(コーラングレ持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2
- 金管楽器:ホルン4、トランペット2、トロンボーン3
- 打楽器:ティンパニ、タンブリン2、打楽器複数(トライアングル、シンバルなど)
- その他:弦五部、ハープ
- 舞台裏:クラリネット2、フルート、ハープ、タンブリン、またはタムタム
登場人物
| 人物名 | 声域 | 役 | 初演時のキャスト 1863年9月30日 指揮:アドルフ・デロッフル |
|---|---|---|---|
| ナディール | テノール | 漁夫 | フランソワ・モリーニ |
| レイラ | ソプラノ | 尼僧(巫女)、真珠採りの守り神 | レオンティーヌ・ドゥ・マエサン |
| ズルガ | バリトン | ナディールの旧友、 真珠採りの頭領 |
イズマエル (ジャン・ヴィタル・ジャメ) |
| ヌーラバット | バス | バラモン教の高僧 | プロスペル・ギヨ |
- 合唱:漁師たち、若い娘たち、僧侶たち、その他
演奏時間
約1時間45分(休憩を除く)。 第1幕:46分、第2幕:32分、第3幕:25分。
あらすじ
設定
舞台は未開時代のセイロン島の浜辺の村。真珠採りの漁村。
第1幕 島の浜辺
真珠採りの頭領ズルガと、彼の旧友ナディールが再会する。二人はかつて、シッダ寺院で出会った美しい女性(レイラ)を巡って激しく争ったが、友情のために恋を諦め、二度とレイラを求めないと誓い合っていた。
そこへ真珠採りたちの安全を願うために遣わされた尼僧(巫女)を乗せた船が到着する。ズルガは尼僧に、純潔と信仰の誓いを立てさせる。その尼僧が、誓いを立てたレイラであることにナディールは大いに驚き悩む。レイラもナディールに気づき、祈りの最中に彼の呼びかけに応えてしまい、二人の禁じられた愛が再燃する。
主な聴きどころ:
ナディールとズルガの二重唱「神殿の奥深く」(Au fond du temple saint)
レイラのアリア「恐れはしない」(Je crois entendre encore)
ナディールのアリア「耳に残るは君の歌声」(Je crois entendre encore)
第2幕 荒れ果てた寺院
レイラは高僧ヌーラバットの命令により、崖の上の寺院に籠もっている。彼女はヌーラバットに、遠い昔に逃亡者の命を助け、その礼に首飾りをもらった話を語り、その首飾りを見せる。
夜、レイラを諦めきれないナディールが寺院に忍び込んできて、二人は愛を確かめあう。レイラは一緒に逃げようというナディールの誘いを一旦は拒否するが、次の夜に落ち合う約束をする。
しかし、ナディールは寺院の見張りに捕まってしまった。それを知ったズルガは旧友を助けようとするが、彼が逃がそうとした尼僧が、かつての恋の誓いを破ったレイラだったことを初めて知り、嫉妬と怒りに苛まれ、二人に死刑を言い渡してしまう。
第3幕 テントのある海辺、処刑場
ズルガは旧友とレイラに死刑を宣告してしまったことを後悔し、苦悩している。レイラがナディールの助命嘆願にやってくる。ズルガはレイラに愛を告白するが、彼女の心はナディールにあることを知る。
処刑の時間が近づき、レイラは母への形見としてあの首飾りを届けて欲しいと頼む。その首飾りを見たズルガは、レイラがかつて自分が子供の頃に命を救った恩人であることを悟る。ズルガは二人の愛が真実であることを認め、助けようと決心する。
処刑場にレイラとナディールが引き立てられてくる。ズルガは村に火を放ち、その騒ぎの隙を見てナディールとレイラを逃がす。
ズルガの行為の一部始終を影で見ていたヌーラバットが、その裏切りを告発する。**(1863年オリジナル版の結末:)**ズルガは二人が救われたことを喜びながら、民衆に囲まれ、裏切り者として息絶える。
音楽的特徴
『真珠採り』はビゼー24歳の作品であり、後の『カルメン』に見られるような円熟には達していないものの、そのオーケストレーションの妙や、東洋趣味(オリエンタリズム)の表現には非凡な才能が示されている。
特に、若々しいナディールが歌う第1幕のロマンス「耳に残るは君の歌声」(Je crois entendre encore)は、繊細な高音と流れるような旋律で有名である。また、序曲(プレリュード)がそのまま第1幕の「神殿の奥深く」の旋律を引用しており、この二重唱が作品全体のテーマとして機能している。
録音及び映像について
このオペラにおける最初の全曲録音は、1950年代初めから登場した。それ以前においては、個々のアリア、特にナディールとズルガの二重唱「神殿の奥深く」がエンリコ・カルーソーとマリオ・アンコーナによって1907年にイタリア語で録音されるなど、主要な楽曲のSP盤が多く残されている。
1977年にジョルジュ・プレートルによってなされた全曲録音は、ビゼーが製作したヴォーカル・スコアによる1863年上演版に基づく最初の録音であった。1991年のプランティーニによる録音は、1863年版のスコアに基づきつつ、ナディールとズルガの二重唱の2つのヴァージョン(ビゼーのオリジナルバージョンによる縮小版と、よく知られている拡大版)も収録した。
近年では、2016年にメトロポリタン歌劇場(MET)でペニー・ウールコックによる新演出(映像も発売)が話題を呼ぶなど、現代的な解釈での上演も活発である。
| 年 | キャスト | 指揮者 上演劇場及びオーケストラ |
レーベル[2] |
|---|---|---|---|
| 1950 | リタ・シュトライヒ ジャン・ローエ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ ヴィルヘルム・ラング |
アルトゥール・ローター ベルリンRIAS交響楽団 ドイツ語歌唱版 |
CD: Walhall Cat: WLCD 0179 |
| 1950 | ナデジダ・カゼンセヴァ セルゲイ・レメシェフ ウラディーミル・ザクハノフ トロフィム・アントネンコ |
オニッシム・ブロン モスクワ放送交響楽団及び合唱団 ロシア語歌唱版 |
CD: Gala Cat: GL 100764 |
| 1951 | マティウィルダ・ドブス エンツォ・セーリ ジャン・ボルテール リュシアン・マンス |
ルネ・レイボヴィッツ パリ・フィルハーモニー管弦楽団 同合唱団 |
CD: Preiser Cat: PR 20010 |
| 1953 | ピエレット・アラリー レオポルド・シモノー ルネ・ビアンコ グザヴィエ・ドプラ |
ジャン・フルネ コンセール・ラムルー管弦楽団 エリザベット・ブラッスール合唱団 |
CD: Opera d'Oro Cat: OPD 1423 |
| 1954 | マルタ・アンゲリチ アンリ・ルゲ ミシェル・ダンス ルイ・ノジェラ |
アンドレ・クリュイタンス パリ・オペラ=コミック座 |
CD: EMI Classics Cat: B000005GR8 |
| 1959 | マルセラ・ポッベ フェルッチョ・タリアヴィーニ ウーゴ・サヴァレーゼ カルロ・カーヴァ |
オリヴィエーロ・デ・ファブリティース ナポリ・サン・カルロ劇場 (ナポリ・サン・カルロ劇場におけるライブ録音) イタリア語歌唱版 |
CD: Walhall Cat: WLCD 0299 |
| 1959 | ジャニーヌ・ミショー アラン・ヴァンゾ ガブリエル・バキエ リュシアン・ロヴァーノ |
マニュエル・ロザンタール フランス放送リリック管弦楽団 フランス放送合唱団 |
CD: Gala Cat: GL 100504 |
| 1961 | ジャニーヌ・ミショー ニコライ・ゲッダ エルネスト・ブラン ジャック・マルス |
ピエール・デルヴォー パリ・オペラ=コミック座管弦楽団 及び合唱団 |
CD: EMI Cat: CMS 5 66020-2 |
| 1977 | イレアナ・コトルバス アラン・ヴァンゾ ギヨーム・サラヴィア ロジェ・ソワイエ |
ジョルジュ・プレートル パリ・オペラ座管弦楽団及び合唱団 |
CD: EMI Cat: 3677022 |
| 1989 | バーバラ・ヘンドリックス ジョン・エイラー ジーノ・キリコ ジャン=フィリップ・クルティス |
ミシェル・プラッソン トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団 |
CD:Angel Cat: CDCB-49837 |
| 1991 | アレッサンドラ・ルッフィーニ ジュゼッペ・モリーノ ブルーノ・プラティコ エドゥアルド・アブムラディ |
カルロス・プランティーニ イタリア国際管弦楽団 マルティーナ・フランカのヴァッレ・ディトリア音楽祭に於けるライブ |
CD: Nuova Era Cat: 6944-6945 |
| 2004 | アニック・マシス 中島康晴 ルカ・グラッシ ルイージ・デ・ドナート |
マルチェッロ・ヴィオッティ ヴェネツィア・フェニーチェ歌劇場管弦楽団 及び合唱団 演出:ピエル・ルイージ・ピッツィ (2004年4月のヴェネツィア・マリブラン劇場に於ける収録) |
CD:Dynamic Cat: CDS 459 DVD: Dynamic Cat: DVD 33459 |
| 2008 | レベッカ・エヴァンズ バリー・バンクス サイモン・キーンリーサイド アラステア・マイルズ |
ブラッド・コーエン ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ジェフリー・ミッチェル・シンガース 英語歌唱版 |
CD: Chandos Cat: CHAN3156 |
| 2012 | デジレ・ランカトーレ セルソ・アルベロ ルカ・グラッシ アラステア・マイルズ |
ダニエル・オーレン サレルニターナ 「ジュゼッペ・ヴェルディ」フィルハーモニー管弦楽団 サレルノ・ヴェルディ劇場合唱団 (2012年5月のサレルノ・ヴェルディ劇場でのライブ録音) |
CD:Brilliant Classics Cat: BRL94434 |
| 2012 | ソーニャ・ヨンチェヴァ ディミトリー・コルチャック アンドレ・エブール ニコラ・テステ |
レオ・フセイン フランス放送フィルハーモニー管弦楽団 アクセントゥス 演出:笈田ヨシ (オペラ・コミークに於ける上演) |
TV: NHK-BS (2013年5月20日放映) |
| 2016 | ディアナ・ダムラウ マシュー・ポレンザーニ マリウシュ・クヴィチエン ニコラ・テステ |
ジャナンドレア・ノセダ メトロポリタン歌劇場管弦楽団及び合唱団 演出:ペニー・ウールコック[3][4] |
DVD: Warner Music ASIN: B01N3TPLBI |
参考資料
『最新名曲解説全集19 歌劇2』(音楽之友社)(ISBN 978-4276010192)
『新グローヴ オペラ事典』(スタンリー・セイデイ著、 白水社)(ISBN 978-4560026632)
脚注
外部リンク
真珠採りの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
真珠採り - オペラ対訳プロジェクト
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