絵本
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絵本(えほん、picture book)とは、その主たる内容が絵で描かれている書籍の一種。絵画(イラストレーション)を主体とした書籍のうち、物語などテーマを設けて文章を付与し、これを読ませるものである。
概要
絵本の定義や範囲は、時代や分野によって異なり、常に変化し続けている[1][2]。17世紀以降に発達した児童文学の文脈では、紙の本の存在を前提に、大半のページが絵を主体としたもので、ページをめくることでストーリーやテーマが絵とともに展開されていく本が絵本と捉えられている[2]。教育・保育の分野では、子供のために作られた本・児童文化財としての側面も強調される[3]。
児童文学研究者のジョン・スティーブンスは、よくできていると思える絵本について「ことばと絵とのあいだにくいちがいをつくりだして、さらにそれを利用する能力」を持つことが重要だと述べている[4]。
歴史的な経緯から、近代的な子供観の形成と絵本の概念は密接に結びついているが、20世紀に入ると読者を子供に限定しない絵本が珍しくなり、また、1990年代以降の電子書籍の普及を受け、2000年代以降は、読者年齢や紙の本であるかにかかわらず、視覚表現メディアの一種・一表現として絵本を捉えることが一般化している[5][6]。
歴史的経緯
『死者の書』など絵と文を組み合わせた本の歴史は紀元前にまで遡るが、現代でいう「絵本」の概念の起源を論じる場合には、大人向けと子供向けの本の分離・子供向けの本の出版が本格化した17世紀以降を起点とすることが多い[1]。
日本における絵本
『源氏物語絵巻』や『鳥獣人物戯画』といった絵巻物が日本の絵本の源流とされる[7]。一方で、絵巻物は肉筆の一点物であることから、読者は限られていたと考えられている[8]。読書の習慣が庶民層にまで普及したのは江戸時代の草双紙以降とされ、子供向けの内容のものが赤本として流通した[8]。三重県松坂市の射和寺には、子を亡くした親からの奉納品として延宝年間に上方で刊行された『おぐり判官てるて物語』が残されており、江戸時代初期には子供向けの赤本が各地に流通していたと考えられている[2][8]。江戸時代には多くの赤本が出版されたが、その中には絵双六なども含まれ、絵本と玩具の間に明確な境界線はなかった[9]。
江戸時代に発展した草双紙・赤本の文化は明治初期まで継続し、1872年の学制公布から1886年の小学校令までの間は、『絵入智慧の環』のような現代の知識絵本に近い草双紙が小学校の教科書に使われていた[10]。明治中期以降は、印刷技術が発展するとともに、グリム童話など欧米の絵本の翻訳版も流通し始める[10]。明治後期、1900年代頃からは、1904年の『お伽絵解こども』を皮切りに、1905年の『幼年画報』など、幼年雑誌の創刊も相次ぎ、赤本絵本と雑誌を中心に日本の絵本文化が形成されていき、1911年から1915年にかけて巌谷小波が手掛けた『日本一ノ画噺』によって近代的な日本の絵本の原型が完成する[11]。
大正に入ると、1918年創刊の『赤い鳥』、1922年創刊の『コドモノクニ』などによって「童画」の概念も確立していく[12]。また、1924年には東京朝日新聞で『正チャンの冒険』の連載が開始し、幼年漫画の流れも生まれる[13]。昭和に入り、1926年に幼稚園令が公布されると、幼稚園向けの直販制度を採る月刊保育絵本という雑誌形態が生まれ、1927年に『キンダーブック』が創刊する[14]。
第二次世界大戦後、幼児雑誌・月刊保育絵本の出版は更に増加し、1949年に『チャイルドブック』、1956年に『こどものとも』と雑誌の創刊が続く[15]。また、1953年に学校図書館法が制定されたのを機に、単行本絵本が発展し、「岩波の子どもの本」のような絵本シリーズも生まれる[15]。
ヨーロッパにおける絵本
中世からの装飾写本の伝統はあるが、現代的な絵本に近いものとしては、ヨハン・アモス・コメニウスによる1658年の『世界図絵』が最古とされる[3]。同書はラテン語の学習本として出版されたものだった[3]。同時期には「一枚絵」といわれる印刷物が庶民層にも渡るようになり、1700年頃から表紙を含めて8ページ程度で簡易な製本を施したチャップ・ブックの流通が始まっていく[16]。1744年には最初の児童書とも評される『小さなかわいいポケットブック』がイギリスで出版される[17]。
19世紀に入ると、エドワード・リアに始まり、ケイト・グリナ―ウェイ、ランドルフ・コールディコット、ウォルター・クレインが現れ、現代的な絵本の原型が完成していく[18]。
20世紀初めには、言葉と絵の関係を効果的に機能させ、読者の理解を広く豊かにするため様々な手法が用いられた。この時期の作家としてビアトリクス・ポターやエルサ・ベスコフなどがいる。20世紀が進むにつれて、ことばと絵の関係が明確でわかりやすい作品は少なくなり、読者の理解力を試され、自分で解釈するように求められる、曖昧な読後感を残す作品が増えていく[19]。
絵本と現象
前述のとおり、現代でいう「絵本」の概念は子供を中心に発達していったが、1950年代頃から児童文学からのアプローチとは別にブックデザイナーや現代美術家が絵本業界に参入し、芸術表現としての絵本というジャンルも成立していく[20]。同時期のグラフィックデザイナー出身の絵本としてディック・ブルーナがおり、1955年に発表した『ちいさなうさこちゃん(ミッフィー)』は各国で翻訳され、絵本の表現技法に影響を与える[21]。日本の絵本業界においても、宇野亜喜良、堀内誠一、和田誠などのデザイナーが絵本制作に参入していく[20]。
日本では、1960年代以降、子供の発達段階に応じた絵本の選書などの研究や絵本評論が本格化するとともに、同時期に『ぐりとぐら』、『11ぴきのねこ』などのロングセラー絵本も誕生する[20]。また、松谷みよ子の『いないいないばあ』など赤ちゃん絵本の出版も本格化していく[20]。1970年代には、『ノンタン』シリーズ、やなせたかしの『アンパンマン』シリーズが始まり、1980年代に入ると、赤羽末吉や安野光雅が国際アンデルセン賞画家賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得る日本人作家も現れていく[22]。
1992年にイギリスでブックスタート運動が始まり、日本では2000年の「子ども読書年」を機に広まっていく[23]。2014年から国立青少年教育振興機構が「絵本専門士」の養成を始める[24]。
絵本の境界
絵本の外縁は曖昧であり、特に玩具・漫画との境界線は議論にもなってきた[25]。歴史的な経緯から、大人が子供に与えるものとして玩具と一体視されていた時代もあり、現代においても、しかけ絵本・おもちゃ絵本として一ジャンルを築いている[26]。高い評価を得たものとして、エリック・カールが1969年に発表した穴あき絵本の『はらぺこあおむし』がある[27]。ぬり絵本や迷路本なども絵本の一種と扱われる[26]。 漫画とも隣接した関係にあり、コマ割りや吹き出しといった漫画由来の表現技法を採用したレイモンド・グリッズの『さむがりやのサンタ』は1973年にケイト・グリーナウェイ賞を受賞している[28]。また、エルジェの『タンタンの冒険』シリーズのように、絵本・漫画のいずれにも該当するといわれる作品もある[28]。
1990年代以降は、電子書籍も広がりを見せ、デジタル絵本も登場していく[6]。草創期に一定の評価を得たものとして1995年発表の『ルル』がある[29]。デジタル絵本は、紙の本、紙に描かれた静止画という従来の絵本の概念を変えることともなり、アニメ・テレビゲームとも近接していく[6]。
絵本の種類
絵本の賞
- コールデコット賞
- ケイト・グリーナウェイ賞
- 国際アンデルセン賞
- 日本絵本賞
- けんぶち絵本の里大賞
- 講談社出版文化賞絵本賞
- 講談社絵本新人賞
- ボローニャ国際絵本原画展、ボローニャ国際児童図書賞(ボローニャ国際児童図書展)
- ニッサン童話と絵本のグランプリ
- 全国高校心の絵本選手権
脚注
- ^ a b 中川ほか 2011, pp. 2–6.
- ^ a b c 大阪国際児童文学館 1993, p. 325.
- ^ a b c 森上・柏女 2004, p. 357.
- ^ ニコラエヴァ、スコット 2011, pp. 16–20.
- ^ 関口ほか 1991, pp. 10–15.
- ^ a b c 中川ほか 2011, pp. 339–340.
- ^ 関口ほか 1991, p. 55.
- ^ a b c 中川ほか 2011, pp. 154–155.
- ^ 中川ほか 2011, p. 158.
- ^ a b 中川ほか 2011, p. 162.
- ^ 中川ほか 2011, p. 163.
- ^ 関口ほか 1991, pp. 58–60.
- ^ 中川ほか 2011, p. 169.
- ^ 中川ほか 2011, p. 172.
- ^ a b 中川ほか 2011, pp. 174–175.
- ^ 安藤 1981, pp. 82–84.
- ^ 安藤 1981, p. 87.
- ^ 安藤 1981, pp. 91–95.
- ^ ニコラエヴァ、スコット 2011, pp. 369–373.
- ^ a b c d 中川ほか 2011, pp. 174–176.
- ^ 安藤 1981, pp. 114–115.
- ^ 中川ほか 2011, pp. 174–176, 179.
- ^ 中川ほか 2011, pp. 184–185.
- ^ “E2863 – 絵本専門士のこれまでとこれから:節目を迎えた絵本専門士養成制度が描く将来”. カレントアウェアネス・ポータル. 国立国会図書館 (2026年2月12日). 2026年2月28日閲覧。
- ^ 中川ほか 2011, pp. 329, 426.
- ^ a b 中川ほか 2011, p. 329.
- ^ 中川ほか 2011, p. 176.
- ^ a b 中川ほか 2011, p. 426.
- ^ 長谷川 秀記 (2016). “日本の電子出版30年の軌跡:電子辞書・電子書籍の黎明期から現在まで”. 情報管理 (科学技術振興機構) 59 (9): 587-598. doi:10.1241/johokanri.59.587.
参考文献
- 安藤美紀夫『幼年期の子どもと文学』国土社、1981年。ISBN 978-4-337-80405-0。
- 大阪国際児童文学館 編『日本児童文学大事典 第2巻』大日本図書、1993年。 ISBN 978-4-477-00376-4。
- 関口安義ほか 編『絵本とイラストレーション』中教出版、1991年。 ISBN 978-4-483-00148-8。
- 中川素子ほか 編『絵本の事典』朝倉書店、2011年。 ISBN 978-4-254-68022-5。
- マリア・ニコラエヴァ、キャロル・スコット 著、川端有子、南隆太 訳『絵本の力学』玉川大学出版部、2011年。 ISBN 9784472404344。
- 森上史朗; 柏女霊峰 編『保育用語辞典 第3版』ミネルヴァ書房、2004年。 ISBN 978-4-623-04050-6。
関連項目
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