お見舞い
病気見舞
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 14:24 UTC 版)
千羽鶴が病気見舞とされた起源ははっきりとは分かっていないが、原爆被爆者の少女、佐々木禎子は1955年2月に亜急性リンパ性白血病と診断され、広島赤十字病院に入院していた。1955年5月に岐阜県または愛知県の人からもらった慰問の手紙に、5cmほどのセロハンの折り鶴がはさんであるのを見て、折り鶴を千羽折れば病気が治ると信じて鶴を折り始めたようである。1995年の中国新聞によれば、愛知淑徳高青少年赤十字団員が原爆患者に贈った4千羽の折り鶴のうち、2千羽が広島赤十字病院に贈られている。佐々木禎子は、自分で折り鶴を折り上げることにこだわっていたようである。佐々木禎子の折った折り鶴の数については諸説あるが、実兄の佐々木雅弘によれば、最初の千羽は自らの病気治癒祈願として、次の千羽は父が近所のクリーニング店の主人に頼まれ保証人になったばかりに抱えた一家の借金のことを祈っていたという。
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