驚異の33連勝
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「1971-1972シーズンのNBA」の記事における「驚異の33連勝」の解説
1960年代にボストン・セルティックスの前に尽く優勝を阻まれた悲運のチーム、ロサンゼルス・レイカーズ。リーグは前々季のニューヨーク・ニックス、前季のミルウォーキー・バックスと、新興チームの初優勝が続き、主力選手が高齢化したレイカーズは優勝の機を逸し、斜陽の時を迎えたかにみえた。しかしこのシーズン、レイカーズは驚異の33連勝を記録する。不滅の記録として現在まで破られていないこの連勝は、ある一人の偉大な選手の引退から始まった。 このシーズンからレイカーズは新たなヘッドコーチを迎えた。その人物はセルティックス王朝前期の主力選手としてレイカーズの前に立ちはだかったビル・シャーマンだった。レイカーズにとって仇敵とも言えるヘッドコーチの就任に、ややぎこちなく始まったレイカーズの新シーズン序盤は、6勝3敗とまずまずの出だしだった。しかし開幕9試合目となるゴールデンステート・ウォリアーズ戦を敗北で終えた後、レイカーズを長らく支えてきたエルジン・ベイラーが引退を表明した。 レイカーズがミネアポリスに本拠地を置いていた1958年に入団して以来、レイカーズ一筋でプレイし、10年連続オール1stチーム入りを果たし、盟友ジェリー・ウェストと共に対セルティックス戦の最前線に立ち続けてきたベイラーは、キャリア晩年は膝の故障に苦しみ、ついに優勝の味を知らないまま引退することとなった。長年に渡ってレイカーズを支え続けたベイラーの引退はチームメイトたちに大きな衝撃をもたらした。そしてチームの堅い結束を呼び、後の偉大な記録の呼び水となった。 連勝の始まりはベイラーの引退試合となったウォリアーズ戦から5日後、11月5日のボルチモア・ブレッツ戦だった。突如として始まったレイカーズの連勝記録は12月14日のポートランド・トレイルブレイザーズ戦で当時の最長記録で前季に記録されたミルウォーキー・バックスの22連勝に並び、続くウォリアーズ戦で更新した。レイカーズの連勝は年を跨いだ1972年に入っても続いた。 新HCのビル・シャーマンはチーム改革を進めた。ベテランフォワードで得点力もあったハッピー・ハーストンをリバウンドに専念させることで大黒柱のウィルト・チェンバレンのサポートをさせ、強固なゴール下を構築させた。オフェンスはジェリー・ウェストとゲイル・グッドリッチのバックコート陣が担い、特にグッドリッチは大幅にアベレージを伸ばして25.9得点を記録しチームのリーディングスコアラーになった。この4人にフォワードのジム・マクミリアンを加えたスターター5人は毎試合35分以上出場しており、この5人だけでレイカーズの快進撃を支えていると言っても過言ではなかった。 レイカーズの連勝は留まることを知らず、年を跨いだ1972年に入っても止まらなかった。1月冒頭から突入したロード6連戦の2戦目、1月7日のアトランタ・ホークス戦を134-94で圧勝し、連勝記録を33連勝に伸ばしたレイカーズは1月9日、前季王者のミルウォーキー・バックスと対戦。当時最も豪華なカードであったこの対戦で、カリーム・アブドゥル=ジャバー、オスカー・ロバートソン率いるバックスがようやく120-104でレイカーズを降した。レイカーズの連勝記録は33でストップしたが、彼らは約2ヶ月もの間無敗を誇った。この33連勝はNBAのみならず、現在も破られることのないアメリカプロスポーツ史上最長記録である。勝ちに勝ったレイカーズはこのシーズン69勝をあげ、これは当時の最多記録であった。
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