食品用ラップフィルム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/29 15:30 UTC 版)

食品用ラップフィルム(しょくひんようラップフィルム、英語:plastic wrap、cling film、cling wrap、food wrap)とは、食品の保存や調理に用いられる合成樹脂製フィルム[1]。一定の耐熱性と耐水性をもち、透明かつ軽量で、柔軟な膜状素材である[1]。JIS Z 1707で定められた用語でもある。
単にラップ(wrap)と呼ばれることもあるが、その場合は食品用以外のもの(本や玩具のシュリンク、タバコの外装フィルムなど)も含む。また英語本来の意味では包むもの一般も意味する。
アメリカ合衆国や日本ではサランラップの名でも知られるが、登録商標である(アメリカ合衆国ではダウケミカル、日本では旭化成グループが製造販売)。
歴史
食品用ラップフィルムの代表的な素材である塩化ビニリデンは、1940年にアメリカ合衆国のダウ・ケミカル社が「Saran」の名で工業化したもので、第二次世界大戦中には靴の中敷きや蚊帳、弾薬等の包装用途に実用化されていた[2]。
日本では1960年に、呉羽化学工業(現クレハ)がクレラップを、続いてダウケミカルと旭化成の合弁会社である旭ダウ(現在は旭化成と合併)がサランラップを販売したが、当時は冷蔵庫や電子レンジの普及率が低かったため、売り上げは伸びなかった[3]。その後、高度成長期の冷蔵庫や電子レンジの普及にも伴って、ラップの売り上げも伸びた[3]。
利用
形態と利用方法
通常、紙管に巻かれた状態で化粧箱に格納されており、ここから指で引き出し、化粧箱に設置された鋸刃(金属刃やプラスチック刃など)によってカットして包装する[2]。
食品用ラップフィルムには耐熱温度と耐冷温度がある[4][注釈 1]。
ラップフィルムをオーブンや電子レンジのオーブン機能で加熱すると、破けたり溶けて食品中に混入するおそれがある[1][5]。また、特にポリエチレン製のラップフィルムは耐熱温度が低いため(110℃)、油性が強い食品を電子レンジで加熱する場合には、底の深い容器を使用して食品に直接触れないようにする必要がある[1][5]。
また、PVDC(ポリ塩化ビニリデン)製のラップフィルムでも、油性の強い食品(肉、魚、天ぷら、コロッケ等)を電子レンジで加熱すると食品が高温となり、ポリ塩化ビニリデンの耐熱温度(140℃)を超えることがある[1][5]。そのため、食品を直接ラップフィルムで包むことは避け、底の深い容器を使用して食品に直接触れないようにする必要がある[1][5]。油分の多い料理のほか、砂糖を多く含むもののレンジ加熱にも適さない[6]。
このほか、生きたホタテ、牛レバー、レンコン、キュウリ、パパイヤ、サツマイモなどをラップフィルムで直接包み、日なたで長時間放置すると、食品中の加水分解酵素がラップと作用して微量のアルコール分を生じることがある(毒性はないが異臭を伴うことがある)[1]。
その他の利用
- 災害時には食器にラップを被せて洗わずに再利用できるようにしたり、止血に使うなど、災害時の必須物資としても注目されている[3]。
- 創傷・褥瘡・熱傷の治療法にラップ療法があり、酸素透過性と水蒸気透過性が低いポリ塩化ビニリデンによる食品用ラップを用いたドレッシング法である[7](湿潤療法の一種)。ただし、「日本皮膚科学会ガイドライン 創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン(2023)」では「食品用ラップなどの医療材料として承認されていない材料の使用は、使用者責任となるため、治療前に患者および家族の同意を得ておく必要がある。」としている[7]。
組成
原材料
材料名称 | 包装用フィルム 出荷量[8] (1995年日本、トン) |
主な商品 |
---|---|---|
セロハン | 34.9 | |
ポリエチレンテレフタレート (PET) | 40.5 | |
延伸ポリプロピレン (OPP) | 195.6 | |
ナイロン (NY) | 40.5 | |
ポリエチレン (PE) | 495.5 | |
ポリプロピレン (PP) | 83.5 | |
ポリ塩化ビニリデン (PVDC) | 46.8 | |
ポリビニルアルコール (PVA) | 15.5 | |
ポリ塩化ビニル (PVC) | 212.0 | |
ポリメチルペンテン (PMP) | データなし |
|
複合 (PE+PP) | - |
|
複合 (PE+PMP) | - |
|
複合 (PO複合三層) | - |
|
複合 (NY+PE) | - |
|
添加物
ポリ塩化ビニリデン(PVDC)やポリ塩化ビニル(PVC)製のラップフィルムでは樹脂を柔軟にするために可塑剤が用いられている[1]。
1999年(平成11年)の生鮮食品の包装の分析では、可塑剤に使用されるアジピン酸ジイソノニル(DINA)やアセチルクエン酸トリブチル(ATBC)、日本国外の製品でDEHAが検出されたが、これらの可塑剤に用いられる物質は遺伝毒性や発がん性は認められていない[5]。
安全性
市販のラップフィルムには耐熱温度や取り扱い上の注意事項が記載されており、それに従わない使い方をするとフィルムが破けたり食品に混入するおそれがある[5]。
内分泌攪乱化学物質問題
1999年(平成11年)に食品用PVC製ラップフィルムへのノニルフェノール(NP)の残存が報告され、ノニルフェノール(NP)が内分泌攪乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)の一つとされたことから問題視された[1]。そのため、日本では2000年(平成12年)に事業者団体である日本ビニル工業会がノニルフェノールを含有しないPVC製ラップフィルムの製法への切り替えを発表した[1]。これにより日本国内で販売流通する国産の家庭用及び業務用ラップフィルムではノニルフェノール(NP)は残存しないとされる[5]。同様の議論はヨーロッパでも行われている[1]。
安全基準
- 日本では食品衛生法に基づき、材質試験及び溶出試験の規格基準が定められている[5](厚生省告示370号「食品、添加物の規格基準」[9])。
- 欧州連合(EU)では食品と接触することを意図するプラスチック素材及び製品に関する委員会規則を公表し、化学物質のリスト(ポジティブ・リスト)が法律で定められている[1]。
- 米国ではアメリカ食品医薬品局(FDA)所管の連邦食品医薬品化粧品法の適用を受け、容器包装から食品中に移行する物質は間接食品添加物(Indirect Food Additive)として規制を受ける[1]。
- 中国では国家規格「食品容器、包装材料用助剤衛生基準」(GB9685-2008)において、ラップフィルムを含むPVC製品の製造中での、DEHA及びアジピン酸ジオクチル(DOA)の最大使用量を定めている[1]。
環境への悪影響
日本の一般消費社会ではあまり認識されていないが、食品ラップは日本ではいまだポリ塩化ビニリデン材料の製品が売上高約8割を占めており[10][11]、これら塩素系プラスチックは焼却に伴いダイオキシン発生の原因となる上、発生する塩化水素によりPETボトルなどリサイクル可能な廃棄プラスチックにごく微量(PETの場合100ppm[12])でも混入するとそのリサイクル材の化学分解を引き起こし品質を低下させる[13]など、極めて問題が多い。欧米ではラップのみならず食品包装材一般についてポリ塩化ビニル系材料の排除が進んでいるが[14][15][16] 、日本ではその取り組みが遅れている。
合成樹脂製以外の食品用ラップフィルム
- 蜜蝋ラップ - 蜜蝋を布(オーガニックコットンなど)に染み込ませた食品保存用ラップ。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n “ファクトシート(ラップフィルム)”. 食品安全委員会. 2025年8月29日閲覧。
- ^ a b 沼 賢二「食品包装用ラップ市場におけるパイオニア・ブランドの競争優位の源泉」『流通経済大学流通情報学部紀要』第28巻第2号、流通経済大学流通情報学部、95-118頁。
- ^ a b c 斎藤健一郎「サザエさんをさがして 食品用ラップ ルーツは軍需品だった」『朝日新聞』2022年10月8日、be on saturday、3面。
- ^ a b “ラップ(食品包装用ラップフィルム)”. 東京都生活文化局消費生活部. 2025年8月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “ラップフィルムから溶出する物質について”. 食品安全委員会. 2025年8月29日閲覧。
- ^ “5年で157件、電子レンジで発生する事故 ~取扱説明書をよく読んで正しく使いましょう~”. 独立行政法人製品評価技術基盤機構. 2025年8月29日閲覧。
- ^ a b “日本皮膚科学会ガイドライン 創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン(2023)―2 褥瘡診療ガイドライン(第3版)”. 日本皮膚科学会. 2025年8月29日閲覧。
- ^ 新・食品包装用フィルム―フレキシブル包装・理論と応用 ISBN 4890861963
- ^ “塩ビと環境問題”. 日本ビニル工業会. 2025年8月29日閲覧。
- ^ “日本の食卓支える家庭用ラップ、60年目の挑戦 ニュースイッチ by 日刊工業新聞社”. ニュースイッチ by 日刊工業新聞社. 2024年10月18日閲覧。
- ^ “家庭用ラップ市場じわり変化 PVDC以外が伸長ー化学工業日報”. 2024年10月18日閲覧。
- ^ Paci, M; La Mantia, F. P (1999-01-01). “Influence of small amounts of polyvinylchloride on the recycling of polyethyleneterephthalate”. Polymer Degradation and Stability 63 (1): 11–14. doi:10.1016/S0141-3910(98)00053-6. ISSN 0141-3910 .
- ^ “PVC in PET Bottle Recycling”. 2024年10月20日閲覧。
- ^ “"Bye Bye" to PVC in food packaging- once and for all, July 2024”. 2024年10月18日閲覧。
- ^ Packaging, L. K.. “Countering the Looming Threats to Plastic Wrap” (英語). www.prnewswire.com. 2024年10月18日閲覧。
- ^ “Amid looming PVC bans, a solution for the food industry emerges” (英語). SmartBrief. 2024年10月18日閲覧。
関連項目
外部リンク
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