飛行機のハセガワ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 03:02 UTC 版)
1965年にスロットカーブームが到来し、その爆発的人気と他社の動向に乗ったハセガワもスロットカー分野に参入したが、加熱しすぎた反動でブームは急速に終焉を迎えた。これ以後安易にブームに乗らず、長く売れる商品作りを目指して安定した人気のある飛行機モデルに着目し、1966年に1/72スケールF4ファントム2を発売した。これが120万個、3億円を売り上げる大ヒットとなったことが「飛行機のハセガワ」の方向性を決めるきっかけとなり、「定番商品」として飛行機プラモデルを主にした開発を続けることになる。 1970年、イギリスのIMA社と提携し、1973年までIMA製品を日本国内にて自社ブランドで販売した。同時にハセガワ製飛行機プラモデルもIMAのフロッグブランドにて欧州で販売された。ハセガワは現用ジェット機、IMAは第二次大戦機が充実していたため提携のメリットは大きく、ハセガワにとっては飛行機模型シリーズを充実し、「飛行機のハセガワ」のブランドイメージを上げる役割も果たした。 アメリカにおいても、1960年代後半からUPC社やAMT社へのOEMの形で商品を販売していたが、1972年よりミニクラフト社との提携により「ハセガワ」ブランドを前面に出した販売を開始し、日本国外での「ハセガワ」知名度アップに繋がった。 1970年、これまでより大型の1/32スケールでの飛行機モデルの製品化を始め、1971年には1/32スケールの零戦52型を、零戦設計者の堀越二郎技師自らの監修で発売した。また1971年には1/700スケール艦船モデルのウォーターラインシリーズ、1973年には1/72スケールミリタリーモデルのミニボックスシリーズを開始し、どちらも飛行機モデルに次ぐ長期シリーズとなった。
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